科学班の研究施設の上のフロアはコムイの実験場だ。

 科学班の面々が連日徹夜をしていると
 時折ありえない音(というよりあれはむしろ人外の鳴き声だという意見も多々ある)が聞こえてきたりもする

 団員達はおろかリナリーですら近寄ろうとしないデッドゾーン。
 そのフロアが今

 煙まみれになっていた。

 【Shuffle!!】

  「ちょっアンタ今度は何しでかしたんスか!!!?」
  「あっ、ちょっと何それリナリー今の聞いた!?リーバーくんってば人聞き悪い!!
  「この前もコムリン造って教団壊滅寸前まで追い込んだでしょうか!!」

 性懲(しょうこ)りもなく言い放つコムイにリーバーの叱責(しっせき)が飛ぶ。
 先日コムイの造ったロボット“コムリン”に襲撃された城内にはまだ生々しい傷跡がいくつも残っているのだ。
 真っ先に疑うのも道理というもの。

 と、

  「ゲホッ、ゴホッ!ぅ・・・」
  「チッ、あのマッドサイエンティスト野郎・・・
  「ったく久々に戻ってきた途端コレか、随分手厚い歓迎だな。!大丈夫か?」
  「ちょっと目がしみますけど、何とか・・・神田は平気?」
  「何ともねぇよ」

 靄壁(もやかべ)の向こうから声が響く―神田と、それに昨日本部に戻ったクロスだ。
 どういう経緯(いきさつ)かはわからないがもろに煙の洗礼を受けたらしい。―それはいい。
 だが

  「・・・ねぇ、兄さん」
  「・・・なんだい、僕の可愛いリナリー」
  「なんだかあたし耳がおかしくなったみたい」
  「奇遇だね、僕もそう思っていたトコロさ」
  「それは多分この場にいる人間全員が思ってることだと思いますがね、室長」
  「・・・やっぱり?」

 次第に視界が開けていく。
 できれば勘違いでいてほしいとその場の人間は満場一致でそう願っただろう。

  「・・・ぇ、あ、あれ?」
  「ぁあ゛?」
  「・・・これは何の冗談だ?」

 まるで間違い探しのような、光景。
 おそらく滅多と拝むことは出来ないだろう

 目を真ん丸にして唖然とする神田と

 余裕がまったくないクロスと

 眉間にアコーディオンよろしく皺を寄せるなんて。


  「・・・クロスに、神田?」

 神田がとクロスをそれぞれ指差してまったく違う名前を呼ぶ。

  「みたいだな」
  「・・・あぁ」

 見た目も声音も違えど、その声色はまさにクロス・マリアンと神田ユウのものだった。


          * * *


 療養所の一角、カーテンできっちりと仕切られたそこに呼ばれた5人のエクソシスト
 アレン、ラビ、ミランダ、ブックマン、クロウリーはその空気の異様さにそれぞれ息を呑んだ。

  「前もって聞いといたっつってもやっぱりすごい光景さ・・・」

  ―まさかこの目で半ベソのユウが見れるとは

 小声でそう呟いたのが聞こえたアレンが青ざめた顔で何度も頷いた。
 何事にも動じないと言えどさすがにこれは許容範囲を越していたのだろう

 切れ長の目が本来の神田の姿とはミスマッチにうっすら潤んでいる。
 気遣わしげで、それでいて複雑そうなリナリーに付き添われているものの今だに気持ちがついていかないようだ。

 そんな自分の姿や中身のかわった想い人を見たくないのか違うのか、クロス扮する神田の目はずっと窓の外。
 もしかしたら一番気の毒かもしれない彼に、ラビはひそかに合掌した。

  「ぇと、師匠がで、が神田で、神田が師匠・・・なんですよね」
  「あぁ」

 すらりと足を組み替えての姿をしたクロスがアレンに答える。
 その雰囲気にの神田ほど不釣り合いなものはなく、さすがは元帥と言うべきか
 こちらはこちらでいやに妖艶(ようえん)、というかむしろ凄味があった。

  「室長殿は如何(いかが)された?」
  「こうなった原因を調べてる。が、何せ副作用じみたもんらしい。時間が掛かりそうだ」
  「・・・心中お察しする、元帥殿」
  「まったくだ・・・あれがどれだけショックを受けたと思ってる」

 つ、とリナリー達に囲まれ今だ眉を下げる青年を目線だけで見やる。
 慈しんで育てた恋人を何が悲しくてあの“神田”に成り代えなくてはならないのかという不満が
 ありありと翠玉(すいぎょく)色の目に浮かんでいた。

  「、元気を出すである」
  「い、今ね、コムイさん達が解決策を探してくださってるから、だからね、きっと大丈夫よ」

 大人組の二人が元気づけるようにを諭す。
 そんな折、ふと湧いて出た疑問にラビが首を傾げた。

  「そういや・・・達は何であのフロアに居たんさ?あそこって結構危険がいっぱいっ
   まぁ、身を以て体験したことだからわかってっとは思うけど

  「それは・・・クロスの部屋に、行こうと思って」

 ぐすりと鼻を鳴らしながらたどたどしく紡がれた言葉曰く
 とクロスはクロスの本来の自室に貯蔵されたワインを何本か取りに行くつもりだったらしい。

  (と言うのも、クロスの部屋は四年近く人の手が入っておらず荒れ放題なので
   たまに、ごく稀に本部にクロスが滞在する折にはの部屋を使うのだ)

 団員の自室が並ぶフロアの一番階段寄りの一角がクロスの部屋で、その階段を降りれば例のデッドゾーンである。
 クロスの部屋のドアノブに手を掛けたちょうどその時2人は階下で何やら不穏な音を聞き付けた。
 先日コムリンというとてつもない研究品の事もあったので様子を見に行ったら理由を同じくした神田に会い、―そして

  「部屋から噴き出してきた煙に当たって、今に至るってワケね」
  「・・・えぇ」
  「災難でしたね・・・」
  「いつも兄さんがホントにごめんね」

 先日の教団壊滅未遂騒動の被害を同じくして受けたアレンとリナリーがこめかみを押さえる。
 入団時の手違いと言いコムリンと言いどうもはコムイに何かと嵌められている気がしてならなかった。

  「――――――」

 ぽつり、とが言葉を落とす。
 独り言、というよりは
 勝手に零れ出てきたとでも言うべき恋人の不安を拾ったクロスがため息を吐いて立ち上がった。

  「、来い」

 ス、と今の自分よりしっかりとした腕をとって療養所に併設(へいせつ)した仮眠室のドアをくぐる。
 パタリとドアを締めると、ベッドサイドに“彼”を座らせる。
 見慣れたイレズミの入った両手がするりと背中に回された。

  「クロ ス?」
  「何を考えてる?」
  「―そ、れは」
  「言え」

 ぐ、と回された腕に力がこもる。
 もう一度、クロスがため息を吐いた。

  「・・・このまま、戻らなかったらどうしよう、と」
  「俺がお前を捨てるとでも?」

 呆れたと言わんばかりの声色に言葉がつまる。
 一番、怖いこと。
 を纏(まと)う空気が揺れたのを見て、クロスが三度目のため息を吐いた。

  「・・・何をそんなに心配してるんだお前は。
   見た目が変わろうが俺はクロス・マリアンでお前は・ウィクリフだろうが」
  「でも、」
  「

 少しだけ力を緩めて距離をとる。
 上げさせられた顔とぶつかるのは自分の顔だ。

 けれど、違う。
 瞳()が違う。

  「何があろうが、俺はお前を愛してやれる自信がある」

 射るように、真っすぐに
 こんな風に人を見据える人は一人しか知らない。

  「・・・異存は在るか?」

 フ、と唇をつり上げて“いつものように”笑う姿に首を振る。

  「っ・・・」

 異存なんてもの、在るはずがないのだから。

  「・・・ホントに大丈夫ですか?」
  「何がだ?」
  「クロスは、神田くんと仲が悪いですから」
  「疑り深いな、お前も」
  「だって」

 クスクスとほんのり赤い目元を細めて神田が―が―穏やかに笑う。
 そんなを見てクロスはほん一時(ひととき)思案顔、そして

  「・・・なんなら証明してやろうか?」

 そう言って、ニヤリと笑った。


          * * *


  『なっ、ちょっクロス待っ、キャアァア!!

 テノールの声に似合わない悲鳴が扉一枚隔(へだ)てた療養所にまで届く。
 それが本来のの悲鳴だと気付くまで数秒、その後扉を開け放ったのはラビだった。
 半ベソの神田の顔よりさらにまさにありえない光景―

  「ギャー!!!クロス元帥がご乱心さー!!!」
  「なっ何してんですか師匠!!!
  「ぁあ?野暮ったい事聞くな馬鹿弟子」
  「テメッ人の体に迫るな!!!

 クロスの体に宿る以上は不可能だが神田が出来るなら今すぐにでも六幻を抜刀しそうになっているのも仕方ないことだろう。
 仮にも18歳の青年が、15歳の少女に押し倒されていたらプライドもさぞかし傷つくことだ。

 そんな神田を尻目にクロスはなかば馬乗りの形になっていた華奢な体をひょいと身軽に起こし
 はらはらと落ちてきた髪を優雅に耳に掛けながら言い放つ。

  「・・・鍵を掛け忘れたな」
  「お願いしますからそういう生々しい事言うの止めて下さい・・・
  「やれやれ、冗談の通じないヤツだ」
  「今のは本気の目でしたよ、クロス」

 手の早い元帥によって早くも緩めかけられた団服の襟元を押さえながらぐたりと息も絶え絶えにが言う。
 本気か否かははぐらかしたままクロスはのブーツを脱がした。

  「ちょうどいいからこのまま寝てろ。そのナリでそこいらをうろつかれても困る」
  「・・・お言葉に甘えて」
  「目が覚めたら元に戻ってることを祈ってろ」
  「そう、ですね」
  「いい夢を 
  「―おやすみなさい クロス」

 ス、と髪を撫でてシーツを被せる。
 が夢を見るまでに、そう長い時間は掛からなかった。


          * * *


 眠ったの横顔を見るクロスの横顔を系統の違う赤毛の髪が見ているのにふと気が付いた。
 アレンのあとに続いて部屋を出掛けたまま振り替えっているのはラビだ。

  「なんだJr.」
  「・・・元帥今の事わざと襲うフリしたさ?」
  「え?どういう事ですか?ラビ」
  「をおとなしく寝かせておくため、っしょ?クロス元帥」
  「さぁな」
  「やっだぁ、もうラブラブなんだからぁ〜」

 意味深に笑うクロスにこれまた意味深に片目で笑いかけてから開いたときとはまるで正反対に静かに扉が閉まる。
 ドアの向こうではどうやらラビがアレンになにか入れ知恵をしているらしかった。

  「色気づいたガキだこった」

 そう独り言ちるともう一度ベッドサイドに寄り添う。
 眠る肩に掛けてあったシーツをひっぱり上げて隠した口元に唇付けを重ねた。

  「神田(おまえ)に直(じか)にくれてやる気はないからな」


 密(ひそ)やかに、宣戦布告をして


 元に戻るのは二時間後



++あとがき+++++
 そして最後はキッスでしめる主義です(爆)
 手の早い元帥でごめんなさいアビスさま。神田の扱いがやっぱり悪くてごめんなさい。
 この前のよりかはギャグ(と同時に俗)に近づいたと思うんですがいかがだったでしょうか。
 ある種下品ですいません。でも書いてる分にはすごくすごく楽しかったです。
 コムイの研究の二次災害ネタは結構前からしてみたいなーと思ってて、今回は中身入れ替わり編。
 他にも記憶喪失、身体成長or退化、親指姫化、夢主男体化&クロス女体化などなどネタは色々あったんです。実は
 機会があればまた選択性にでもして続編書こうかなーと目論んでいるネタの第一弾。
 こんなものですが、(一方的に)アビスさまに捧げます。もちろん返品可

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