【雨に思う】
さぁさぁと雨が降る。
ひんやりと重みを増した空気のなか、吸い込む酸素は喉にひたりと張り付くようだ。
しとり、と冷たさの充ちた温度やすべてのものを細切れに仕切って
遮断してしまわれたのではないかと錯覚するほどの静けさが、
「雨は嫌いか」
ふ、と囁くように背中から声が掛けられた。
その声を追い掛けるようにして聞き馴れ親しんだ煙管燻くゆらす香。
「・・・そうですね、あまり」
外へと連れていっていた目線を部屋の中へと連れ戻して、ゆっくりと緩慢な動作で振り返る。
見えない煙を目裏まなうらでなぞっていけば辿り着くのは目の眩むような紅だ。
の肩越しに腕をのばしてクロスがカーテンを引く。
後ろには窓とサテン生地、前には師にと挟まれるような形になったまま、は静かに目を伏せた。
「どうしても、 思い出しますから」
“なにを”とクロスは問わない。
分かり切ったことだからだ。
「冬は雨が雪に変わることもあって」
目の後ろで鮮明に像を結ぶ、あの日の暗い森
永遠にも似た時のなかで体温ねつを持っていったあの雨や雪
時を重ねても染み付いた 忘れられそうにないあの場所
「寒かったから」
さぁさぁと雨が降る。
ひんやりと重みを増した空気のなか、吸い込む酸素は喉にひたりと張り付くようだ。
しとり、と冷たさの充ちた温度やすべてのものを細切れに仕切って
遮断してしまわれたのではないかと錯覚するほどの静けさが、―淋しい。
「」
ハッと気付いた時にはグイ、と目の前まで紅が迫っていて
カーテンを一枚挟んで背中が窓にあたる。
逃げ場のないまま絡め取られた左手に、手袋ぬのをはめたままでも分かる右手の熱が伝わって移った。
紅い髪がはらはらと頬に肩にと落ちてくる。
「ししょ」
「動くな」
「―ん」
ツ、と一寸の隙も許さない程にピタリと重ねられた呼吸いきが苦しい。
瞼を下ろす余裕すらなく
雨音の余韻すら感じさせないほどに深く
十分すぎる程の間の後でようやくキスが終わる。
「ッ、は・・・」
「―今は」
小さく息継ぐとは違い、クロスの言葉には淀みがない。
耳元から頭に直接流れ込んでくるように音が、染み込んで染み付いた。
「今はまだ冷えるが、そう長くは続かん」
囁かれるバリトンが空気に響いて心地いい。
まるで雨が土に染み込むように。
まだぼんやりとした頭の中に、容易たやすく居場所を確立していく。
「雨はいずれ止む。どれだけ長雨であろうとな。
それが永劫えいごう降り続くように見えるのはただの錯覚、雨に昔を見出だすのはもうおしまいだ、。
あれはもう昔の話で、お前が居るのは今―此処だろう」
ぐっと腕に力をこめての体を引き寄せる掌に思い出す。
たくさんのものを亡くしたをクロスが拾い上げてくれたあの日。
「俺の傍らに居るにも関わらず他所事よそごとを考えるな。お前は、俺を想っていればそれでいい」
道標みちしるべとして、生きることを選んでくれたひと
今ののいちばんの―
「まだ、寒いか?」
「いいえ、でも“まだ”―離れたく ない」
「奇遇だな、俺もだ」
吐息いきだけで告げたに、クロスは笑みを深めて満足気に左目を眇すがめてもう一度、口接けた。
次からは雨が降るたび思い出す“今”がある。
傍らに居る 貴方のこと
あぁ、しずかだしずかだ。
めぐり来た、これが今年の私の春だ。
むかし私の胸打った希望は今日を、
温かい深紅となって空から私に降りかかる。
抜粋(一部改変)
だいわ文庫 『かなしみの名前 中原中也のことば』
齋藤 孝=編 大和書房
++あとがき+++++
巷で流行のちょい悪親父でちょいエロ話を書こうと思ったのがきっと間違いの元でした・・・恥ずかしいOTL
大体“ちょい”どこの騒ぎじゃないですもんね(オイ)
いや、そのですね(┐-;)「クロス元帥は雨が好き」って本編でアニタさんが言ってたので
それ系で何か話が書きたくなった→結果【雨に思う】が完成。
書いてから言うのものなんですが、サテン生地のカーテンって実在しますか?
布の名前がフェルトとサテンしか出てこなかったのでそれっぽいサテンを採用。うん、すごく不安
あとクロス元帥のガラス瓶1000本割りボイスはバリトンで収まるのか非常に迷いました。ちなみにもっと低いのはバス
話的には微パラレルですかね、一応14、5のイメージで書いたわりにそれじゃアレンはどこ行ったってことになるので(爆)
この話の製作時間、トータルで半日かかってないぐらいじゃないかなと思います。
最後に中原中也の詩を入れたのはまったくの偶然です。ちょうど今日本屋さん行って目に付いたので購入。
なんか使えそうなのないかなーとあさっていた所これを発見しまして。
いいですね中原さんは。ちょっとはまりそうだ
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