ゆっくりと時を刻む、時計
針が指すのはちょうど真上に重なって
照明と夜空の色合いがくっきりと分かれた頃にようやく部屋のドアが開く。
「お疲れさま、お帰りなさい。クロス」
「・・・遅くなると言っただろう」
「えぇ、聞いたわ。科学班のみんなが喜んでくれるぐらいには」
にっこりと笑って机の上を指し示す。
書類が積んであるわけではない。
しかし、の耳にかけられた眼鏡や行儀よく置かれたペンとインクのビンがその行動を思い起こさせた。
「・・・科学班に行ったのか」
問いかけ、ではなく問い詰め。
眉間に寄せられたシワに込められているのは怒り、ではなく憤り。
はそれに気づいていない訳ではない。
「えぇ。リーバーさん達、みんな喜んでくれたわ」
それでも笑みを絶やさないのは、クロスを怒らせる理由を作らない為。
リナリーやコムイやリーバーや科学班の面々を心配させる理由を作らない為。
過去の影に討ち勝つ為。
『しかし、安心しました。・』
『・・・・・・・・・・』
『あの子は、私にも笑いかけてくれる。私を許してくれたんですな』
クラウドが目を見開いたのが判る。
ティエドールが目線を下げたのが判る。
ソカロが僅かにルベリエを睨んだのが判る。
コムイが目をつぶったのが判る。
クロスの内で怒りを通り越して、理不尽なまでに憤怒が萎えたのが判る。
胸に残る、いっそ哀れなまでの蔑む心。
ヴァチカンの紋章を付けた狗
「しわ」
そう言って苦笑う。
色濃く残る痕とは反対に、その衝動はおくびにも出さない。
流石は、と言うべきだろうか。
クロスは今でも息巻いているのに。
暢気で無知で無思慮で、恥知らず滑稽で浅ましく浅はかな愚か者。
おまえ如きに何が解る。
今も今とて苦しんでいるのに。
喘いで足掻いて悶えてもがいて、必死で闘っているのに。
こんな、小さなが
「クロス」
「わたしと一緒に居るときにまで、選りに選ってわたしにとって一番どうでもいい人のことを熱心に思いつめるなんてひどいわ」
真摯に見つめて五秒
あとは花のように笑って
流石は、と言うべきだろうか。
指先一本、動かさず。
「」
「なぁに?」
行儀よく座ったの背後に回って顔を上げさせる。
“邪魔だな”そう呟いて、のかけていた眼鏡を胸ポケットへと回収。
のぞき込むような形で、口付けを交わして
「ここに詰めてもしょうがない」
「そうね」
「それにここは空気が悪い」
「クロスが居る所から半径七メートル以外のことだわ。17時間以上離れなければ平気よ」
「その時間はどういう算段だ?」
「わたしの我慢と理性と根性の限界と昨日から今日にかけての経験の生み出した数値。
みんなと一緒にいれたら多少は変わるけど急迫を要する必要以上の無理はできないわ。だって手を伸ばせば届く距離だもの」
「同感だ」
見つめ合ったまま吐息を交わす。
クロスがフ、と微笑んで
ガタンと音を立てて椅子からを抱き上げる。
片手でを支えたまま器用に窓まで歩を進めて
「ジェリーのメシは不味くないが、偶には場所を変えて宵越しの食事を楽しむのも悪くないな」
「素敵」
閂を開け放つ。
窓を両側とも全開にして
木枠を蹴飛ばして夜に繰り出し
風になぶられる情熱の紅と慈悲のエメラルド
ただただ互いに、クロスと腕の内のは幸せだった。
ふたりをさえぎるものはなく
++あとがき+++
ハイ、ネタバレでしたーと言うことで(クレヨンしんちゃん風にお願いします)(え?最近の子は知らないって?)
ルベリエとリナリーの確執?みたいなシーンを見て突発的に思いついた一品
ちょっとかなりダークなお話ですが、でも最後は、最後は甘いので命だけは・・・(なんの話さ)
やっぱりリナリーがトラウマだったら、夢主もいい感情は抱かないだろうなーと思いつつ
いや、ぶっちゃけたお話、夢主とクロスの背中越しキッス(爆)と「素敵」っていう下りが書けたら菱は満足。
【雨に思う】と若干雰囲気被ってますが
強いて言うなれば【雨に思う】は夢主がクロスに、こちらの話はクロスが夢主に
ベタ惚れって感じのお話みたいにできたらいいなーと思ったりなんかしちゃったりなんかしたりして
きっとこのあと服とか全部買い揃えて食事を楽しむ2人だと菱の続・妄想
「わたしと一緒に居るときにまで、選りに選って〜」の下りが一番のお気に入りです。
まるで冗談のようなクサい台詞をさらりと真剣に交わしあうバキャッポー(注:バカップルの意)が大好きです。
もっと盛大に惚気あえばいいと思う。
そして伯爵達との戦争の最中でも関係なく無敵な2人になればいいと思うの。←他人事ー!?
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