「本庄理事、少しお時間宜しいでしょうか?」

本庄さんと一緒に居るとしばしば起こるこの現象。
今も昔もとても魅力的だという証拠なのだろう。ジャーナリストであればインタビューを、ファンであればサインを(最も、本庄さんはいつもこれは断っている)求められる、この光景。
これが鷹と一緒なら勿論それは二人に注がれて、あまり居心地のよくない手持ち無沙汰に陥るのがの常だ。
ことにそれが女性であれば、尚更。
場合によってはあからさまに態度で示されてしまったりして。

(当たり前と言えば当たり前なんだけど)

やはり怖い。
張り合うなんて滅相もない。
だから少しの間、はその空間と物理的に距離をとる。(ほんの少し、苦い思いを抑えながら)
仕方のないことなのだ。
本庄さんを、理由はどうあれ独り占めしてしまうのだから。
(それにそういう時は大抵、リコちゃんや熊袋さん、真田さんだけでなく時には理事長がの話し相手になってくれる。)(だから寂しいなんて、そんなことない)

          * * *


「マサ、お前大丈夫なのか」
「?何が」

関東大会真っ只中。
打ち合わせだなんだで東京に足を伸ばしていた本庄は高校時代からの友人の言葉に目を丸くした。

君だ」
?」
「最近しょっちゅうつまはじきにされてるみたいだが?」
「俺がを?馬鹿言うな俺はいつでも全力でゾッコンだ」
「お前の惚気は聞きたくない」

自分から話を振ったにも関わらずうんざりとこめかみを押さえる姿に若干の不満を抱いた本庄に、熊袋親子とマシンガンこと真田が冷静に話の軌道を修正させる。
彼らが言いたいのは本庄のに対する愛情の深さとかそう言うものではないのだ。

「スポーツ関係の方で1人、少しその・・・積極的というかアグレッシブな方が最近見えてますよね」
「あー・・・あぁ」

ジャーナリストの、と熊袋が言ったところで“そう言えば”と1人思い当たる。
だが名前までは覚えていない。
その程度の、認識。というか正直あまり得意とする部類ではないのだ。なんとなく。
狙い澄ましたかのようにと居るときに限って割って入ってくるのには気付いていたし、それが不服だ。
気心知れた面々に素直にそう言えば、戻ってくるのは諦めの入った溜め息がひとつと遠慮がちな苦笑いがみっつ。(誰がどれかとかは言うまでもないだろう)

「まぁ・・・向こうも大人ですから、そんなあからさまなことはしてないと思いたいんですが」
「・・・なんだって?」

それではまるで、に何事か火の粉が降りかかっているような言い草だ。
多少のことならいざ知らず、唯でさえ多感なお年頃のにちょっかいをかけているなら話は別、黙っているわけには、いかない。

ちゃん、優しいですからね。最近ちょっと元気がないみたいです」
「―やられた、なんてこった」

完璧にに気を使われた・・・いや、使わせた。
椅子の背にどさりともたれかかりながら、本庄は額に手をあてた。

「はっきり言った方が手っ取り早いか・・・でもそれだとが照れるんだよなあ・・・まぁ、いいか」

“照れた顔も可愛いし”などと涼しい顔でのたまう本庄を見て理事長が顔をしかめる。
元よりストレートに並々ならぬ愛情をへ注いでいる本庄だ、この面子になればそれはますます留まることを知らない。

「事を大きくするんじゃない。お前はもう少し慎みと言うものを知れ」
「これでも十二分に慎んでる。言っとくが俺の本気はこんなもんじゃないぞ?」
「ちょっと黙れ・・・」

呻くように低い声で凄む友人を後目に、本庄は次の一手を思案する。
考え込んだ本庄を見て、“本当、さんが大事なんですね”と真田が笑った。

          * * *


そんな会話が催されていたとはつゆ知らぬ数日後の
またしても待ち針のような視線に耐えかねて、するりと間を開こうとしたまさにその時

、すぐに済む。居てくれ」

くい、と右手を掴まれて、踏み出したはずの数歩はすごろくのペナルティのように振り出しに戻された。
掴まれた箇所が温かい。

「あの・・・」

困惑した形で、本庄を見上げていたジャーナリストの女性が言葉で二人に割って入る。
見え隠れする非難に居たたまれなくなったが伺っても本庄はいつものように無邪気に笑うだけだ。

「本庄さん、私、ロビーで大人しくしてますから」
「いや、いい」
「でも、」
「―

ここまではっきり堂々と言われてしまえば、聞き分けが悪いのはの様な気持ちさえ起こる。
しっかりと握られていた手首から、次は肩に手が移動して落ち着いた。
気分はさしずめ振り出しに戻った挙げ句に一回休みと言ったところか。
ますます鋭さを増した視線を受け止めてしまわないようにの目線はひたすら床に敷き詰められたタイルの抽象模様を行きつ戻りつを繰り返した。

「俺が一緒にいたいんだ。悪いけど」

きっぱりと本庄がそう言う。
空気が震えて、一字一句漏らさず聞こえた言葉にの頬が熱を持った。
カツカツとローヒールのパンプスが足早に通り過ぎていく。
姿が見えなくなって尚、身動き一つとらなかったの頭に自らのそれを寄せて、小首を傾げる状態になった本庄はやれやれと溜め息を吐き出した。

「やっぱり駄目だ。俺あんまりあの人好きじゃないんだよなあ」

しみじみとそう呟かれた言葉に、半ば一旦停止状態だったの緊張が解ける。
言葉の意味を正しく理解したと同時に、は勢いよく本庄に正面から向き直った。

「な・・・・・わ、わたしをあてつけに使ったんですか!?」
「だっていちいち二人で居る所を邪魔しようとしてくるんだぞ?腹立たしいことこの上ないじゃないか」
「だ、だってじゃありません!もう!!すごい睨まれてましたよ!?」
「ごめんごめん」
「もうっ!」

必死にしがみついてくる体を宥めるように頭を撫でて本庄は笑う。
顔を真っ赤にして(本庄からみれば愉快な様で)怒るは半泣きだ。

「笑い事じゃないです・・・!」
「それは、確かに」

ちらり、と眦に面影を残す涙を曲げた人差し指の関節で拭う。
濡れた瞳をのぞき込むように額を付き合わせて本庄は眉を下げた。

「俺はだけがいいんだけどなあ・・・それ以上を、求められても困る」
「―――………」
「リコちゃんから聞いた。ごめんな、。寂しくさせたな」

すっぽりと体を包み込むとの額が肩口に当たる。
埋まるようにもたれ掛かってきた姿が心なしか小さく見えた。
(実際問題そんじょそこらのモデル顔負けのプロポーションのがそうそう縮む事なんてないだろうけれど)
ぐす、とくぐもった音が揺れる。
は、ますます顔を上げないまま本庄の上着を握った。

(確実になんか言われたな、これは)

そうっとの頭を撫でながら、本庄は思う。
次にもし会う機会があったら果てしなくデッドボールに近い牽制球を投げておこう、そう固く心に決めたと同時にがゆっくりと顔を上げた。
意を決したようにで本庄を見つめる。
少し濡れた声が鼓膜を震わせた。

「・・・本庄さん」
「ん?」
「私だって、ちゃんと一番本庄さんが好きなんです」
「―」
「一番 です、絶対」

高校アメフト界が世界に誇る屈指のシャイ人間・が珍しく直球勝負。
あまりの驚きに、本庄の情報処理能力が軒並み暴動を起こして役割を放棄した。
年甲斐もなく、顔が赤くなるのがわかる。

(・・・勘弁してくれ)

小規模な恐慌に陥った本庄の思考は、それでも俊敏に行動を起こした。
自らの肩にしっかりとを抱き寄せて、視界を極度に狭ませる。
その動作、僅か5秒。元プロ野球選手威信を懸けたファインプレーである。
その意図を掴めない(いつもより強気の)は、今だ身動きを封じられたままむずかる子供が拗ねるように言葉を紡いだ。
(はぐらかされたように思えたのだろう)(何てったって妙なスイッチの入った状態のである)
いつもと多少上下関係が逆転している奇妙な瞬間が誕生した。

「本庄さん、お返事は?」
「!あ、あぁ・・・うん・・・はい」
「中途半端、なんかじゃ、ないです」
「・・・、わかったから」

頼むからそれ以上煽るなと願う思いとは裏腹に、何かとギリギリな所にある本庄を逆撫でするように、の言葉は甘い響きを帯びる。(ああくそ、かわいいなオイ)
だって、でも、と言い募る唇を塞ぐように、あくまで軽く唇を重ねると、む、とが呻いた。


 02 それ以上は

(・・・理性吹っ飛びそうだ)


++あとがき+++
本庄氏の理性は鋼鉄(爆)
ちょ、これ王道じゃない?王道じゃない?とか思いながら書きました。
ライバル投入で一波乱的な展開くないですか?(聞くな)
恋敵の横槍→ねちこい嫌がらせ的な黄金パターン!!
うん、強いて言うなればお相手の年齢層がおかしいぐらい!(ぎゃふん)(大丈夫!まだ行ける!←自己暗示)
理事長や熊袋さんやリコちゃんやマシンガン真田さんに愛されてる夢主が書きたくて前半部分をドドーンとつけたしました。
あと夢主にメロメロな本庄さんを(爆)


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