※ ジャンプ2号ネタバレ注意
ズンと、腹の底に響く重低音がホール全体を満たしていく。
大音量でかけられた音楽とキツいアルコールの匂い、間接照明のみの光で部屋の四隅は薄暗い。
惜しげもなく肌を晒すポールダンサーがグラスを運ぶ中、パンサーは隣のカウンタースツールでふんぞり返るクリフォードに向き直った。
(…いや〜クリフォード。Mr.ドンが呼ぶから来たけど、高校生がこんなとこいかんでしょ〜〜)
「フン、どうでもいい」
こっそりと話すパンサーに取り合いもせず、グラスを傾けるクリフォードはめんどくさそうに眉間に皺を寄せる。
琥珀色のその液体はきっとジュースに違いないとパンサーは半ば思い込みたくなった。
誰のものとも判らぬ、香水の匂いがやけに鼻につく。
落ち着かない気持ちでそわそわと時計を見やったパンサーはその二つの針の離れ具合に目を剥いた。
「てかウォォーっち!もう抽選会の時間じゃん!」
ただいまの時刻、PM2:30。
エンパイア・ステートビルでの開会式とトーナメントの抽選会真っ只中。
全世界が集結しているはずの会場にいるはずのアメリカ代表選手は一人残らずここにいる=集団ボイコット!
そこまで弾き出したパンサーは意を決してくるりとスツールを回転させた。
「えーとそろそろみんなで行かないと。ねえ、Mr.ドン…」
何人もの女性をはべらせて悠然とくつろいでいる背中に、切り出したパンサーの勇気はものすごい勢いで挫けそうになる。
それぐらい怖い。ものすごく怖い。チームメイトにそんなこと言いたくないけどとにかく怖い。
(怖ぇ〜あの人。どう見たって俺の2コ上には見えねぇ〜)
冷や汗をかきながら、できるだけひょうきんに心掛けたパンサーの気遣いはいとも容易く瓦解した。
通りの良い声が、貫禄たっぷりに空気を貫く。
「パ――ンサァ〜〜〜。哀しいなぁ〜、哀しいぞ俺は。お前の心の弱さが。王者は軽々しく出て行くもんじゃあねえよ…悠然と女でも抱いて、蟻どもが這い上がってくんのを眺めるんだよ、パンサァ〜〜〜」
ステージから目を離しもせずに、Mr.ドンはそう告げる。
間違いはパンサーだと、そう諭すように言い切られた言葉に圧されてしまう。
困り果てたパンサーがひたすら焦る中、Mr.ドンに勝るとも劣らない存在感を放つ声がホールに響き渡った。
「ド―――――ン〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
この空間で“ドン”と呼ばれるのはMr.ドンだけだ。
その唯一の人に、こんな対応ができる、そして振り向かせることのできる勇者を、パンサーは1人しか知らない。
力強い足取りで、ホールをまっすぐ突っ切るその人は、座したままのMr.ドンに詰め寄ると同時に思い切り胸倉を掴み上げた。(ひぃ!命知らず!)
「何してんの抽選会二時からっつったじゃんかバカ――ッ!!パンサーはマトモだと思ってたのに…っ。王子は常識のある子だって信じてたのに…っ。世界各国オールスターの痛いほど研ぎ澄まされた鋭い視線が怖かったんだよドンこのやろう一発殴らせろ!!」
生真面目な彼女にはよほど周囲の視線がいたたまれなかったらしい。
くわっ、とまくし立てる、白い上下そろいのジャージに身を包んだ黒髪の少女は若干目尻に涙を滲ませていた。
流暢な英語を操る彼女だが、二年前までは日本に住んでいたのだという。
アメリカ選抜チームのサポートリーダーとして抜擢された、それが彼女の名前だ。
普段は優しくて良き先輩のが烈火のごとく怒っているにも関わらず、掴み掛かかられたMr.ドンは平然としているだけ。
いきり立つの頬を宥めるように撫でながら、Mr.ドンが笑った。(誰がどう見てもおちょくっているようにしか見えないのだが)
「泣くほど怖かったのかKitty?」
「すいませんオーダーお願いしますこの非常識なドSに社会の荒波ワンプリーズ!!一分一秒の尊さを知れ!働きすぎてプチ鬱になれ!」
「つれねぇなあ」
ぺいっとはたかれた右手をひらひらさせながらMr.ドンは目を伏せる。
余裕に満ち溢れたその姿にますます憤慨したはその柳眉をますます吊り上げた。(ああドンの笑顔ますます深くなってる)
膝の上に馬乗りのような形で跨るを退かせるでもなく好きなようにさせたまま、グラスをテーブルに戻したドンは再び彼女と視線を向かい合わせた。
さり気に腰に手を回しているあたり、本当にしたたかな人である。(手抜かりねぇー!)
「こんな事してるから国際問題減らないとか友達少ないとか言われるんだ阿呆ドン!約束は守れ遅刻すんなあと未成年のスポーツマンが酒を飲むな老け顔!」
「追加トレーニングは?」
「家帰ったらランニング二キロ!」
アメリカ選抜チームのサポート以前に、はMr.ドンのチームのマネージャーだ。
自らのトレーニングメニューを任せるほどに、二人の間柄は親しいと言っても差し支えないだろう。
そういった面ではこの上なくいいパートナーだと、この短期間でもパンサーは十分わかった。
しかし、元より性格の真逆すぎるはいつもMr.ドンに振り回されまくっている。
今も今とてがっちりとドンの腕の中に捕獲されたが力の限りの攻防戦を繰り広げていた。
「ぎゃー!!触るな喋るな近寄るな!!この歩く18禁がよっ!」
ガタイの良いアメフト選手と、根っからの文系マネージャー
その差は歴然すぎて微塵も揺らがない。
考え得る全ての罵詈雑言で抵抗するはMr.ドンの嗜虐心のツボを正しくに突いたらしく、ますます動きを封じ込められていった。(あの眩い笑顔の黒いことと言ったら!)
「はーなーせー!!こんな美人四人もはべらしといて何が不満かスケコマシ!速やかに離れろエロが感染る!!」
「なんだヤキモチか?」
「ふざけ…ぅわっ!」
ふかふかとしたソファがMr.ドンとの二人分きしりとたわむ。
至近距離で引き寄せられた頭にはしっかりとドンの癖の悪い右手が押さえ込んで、離さない。
唇をギリギリずらした箇所を、ドンの熱烈なキスが掠めとった。
「機嫌直せよ、Dear?」
ガチガチに固まったの鼻先で、ドンが囁く。
高校生には到底見えない顔に、にぃっと凶悪な笑みが浮かんだ。
07 オトナの味を教えてあげる
(「ド、ドンの阿呆!ちょっと死ね!!」)
++あとがき+++
今まで散々マイナー主義と言ってきましたが…背後しか出てきてないキャラの夢を書いたのは初めてです(爆)
まさかのMr.ドン。顔も出てないのにMr.ドン。男は黙って背中で語れ。背中に惚れたよMr.ドン。ねつ造度102%だよMr.ドン。もはや名前が良いよねMr.ドン(Mr.ドン連呼)
正面顔を見た時点で冷める可能性大です
でも取りあえず原作とめちゃくちゃ違うキャラになっていない限りは公開しようと思います
渋いキャラだといいなー…
MENU