※ 315th down「五芒の星」ネタバレ注意
異変を感じたのは、ロッカールームだった。
丸ノブのドアに手をかけて筧が、次にが続いて足を踏み入れようとしたとき、すか、ドアを押さえようとした掌が言うことを聞かない。
おかしな所で空を掻いた腕は何もつかまずにの体にひたりと収まった。
つまり、ドアはそのままのほうへ。
「ぶわっ!〜〜〜〜っ!!」
「え………うわぁあああ!?先輩!?」
ガン!鈍い音がして筧が振り返ってみればがいない。
変わりに閉じかけの扉が中途半端な位置で止まり、のっぺりとした白が筧の視界を遮っていた。
まさかぶつかった!?大急ぎで内開きの扉をストッパーが掛かるまで開け放つ。
忙しなく視線を左右に動かしても見つからないに、ふい、眼差しを下方に落とすとうずくまる長身。
声無き声で何かに耐える、肩が小刻みに震えていた。だ。
「いっ……!」
「ンハっ!?何やってんだよ!踏むぞ?」
「みみみ水町君!なんかそれどころじゃなさそうな気が………」
「お、俺どぶろく先生呼んでくるぜセナ!」
「おい、、取りあえず立て」
一向に立ち上がらないを見かねた武蔵が手をさしのべる。そこで、気付く。
震えているのは肩ではなく、その先。
ふるふると今や盛大に痙攣を起こしているのはの両腕だ。
「フー…、キミ、もしかして腕が」
サングラスを外した赤羽が、目をしばたかせる。
思い出されるのは先程の、バッドを受け止めた彼女。
青ざめた顔のが小さな声で、呟いた。
「――………お、怒られる」
「こっの糞オスカルが何しくさりやがったテメェエエエエ!!!!!!」
ドンパラタタタタタ!とマシンガンを撃ち鳴らしながら蛭魔の怒号が耳をつんざく。
ロッカールームが俄かに、説教部屋と化した瞬間だった。
* * *
「よし、ばんざーい」
「…ばんざーい」
「大和鷹お願いやめて恥ずかしい!」
大和と鷹が二人がかりで肩のプロテクターからユニフォームを引き剥がす。
悲鳴を上げたを後目に、平良がスパイクの紐を解いた。
「自業自得や、我慢しっ!」
「せやせや無茶ばーっかしよってからに」
「うぅ…」
傍らでは安芸がの足に普通の運動靴を履き替えさせる。
いたたまれなさすぎて泣きそうだ。
小さな子供にそうするように掛けられた大和の言葉に、普段は決して乗らない鷹が珍しく便乗するのは確実に怒っているからで。
その証拠に、頭からユニフォームを引き抜く時、どさくさに紛れてぺし、とソフトに殴られた。
プロテクターのキツく結んだ紐を解きながら、鷹がまた、溜め息を吐く。
両腕どころか指先までもが痺れと震えで上手く動かせないは、アレキサンダーズ総出でようやくアンダーシャツより上の必要最低限の着替えをすませた。
「よし、こっち座んな」
溝六が冷却スプレーや湿布、包帯など一式を集めた机を叩く。
キャスター付きの椅子に座り変えて両腕を差し出したの肩に、円子が自らの上着を静かにかけた。
タオルを敷いた上に並べた腕はまだ目でわかるほどに震えている。
遠慮のない動作で腱の辺りを押さえられたは思わず呻いた。
「いっ…!」
「嫌な予感はしてたが…またエラく無茶しやがったなぁ」
と溝六を取り囲むように机を覗き込む選抜メンバーの顔が曇る。
渋い顔の恩師に躊躇いがちな栗田の声が問い掛けた。
「どどど溝六せんせぇ〜…さんの腕は…?」
「しばらくは使えねーだろうが折れちゃいねぇよ。その辺は上手いことできたんだろ」
「しばらくってどの位だ?」
「そんな怖ぇ顔すんじゃねぇよ。まあ、アメリカ戦までには何とかなんだろ。取りあえず良〜く冷やしてマメに湿布取り変えな」
しゅわー、冷却スプレーを振りかけながら溝六が蛭魔をいなす。
掌を上向きにする形で腕を投げ出したの肘から掌までをこれでもかと言うほどアイシングまみれにしてまもりが唇を尖らせた。
「もう!ちゃんったら無理しすぎよっ!」
「いくらアメフトで鍛えてるからって、大の男を受け止めたのはやりすぎだったねぇ…」
「バッド先輩なんてほっときゃよかったのに」
「おうおう一休…おま、言い過ぎだぞう」
一休もまた不機嫌そうにぼそりと呟く。
余程馬が合わないのか、顔をしかめた後輩を宥めるように山伏が冷や汗を流した。
「上空から飛び降りた分勢いの負荷もある。よく冷やしておけ」
「まあ、らしいというか何というか…受け止めたときはスマートだったぜ?」
「先輩って時々思いも寄らない事しますよね」
次から次へと叱られたり呆れられたり慰められたりと目まぐるしく行き交う言葉たちに何とも言えずは眉を下げる。
陸の言葉に呼応するように心なしか元気をなくした外ハネの髪を、何も言わない鉄馬と豪快に笑う大田原が撫でた。
「しばらくは絶対安静だ。筋トレは当然、ロードワークも禁止。いい骨休めだと思って大人しくしてな」
「ロ、ロードワークもですか!?」
くるくると湿布を固定する為の包帯をまもりと乙姫が巻くのに邪魔にならない程度には跳ね起きる。
早朝のロードワークは11年間ほとんど欠かさず続けてきたの、言わば洗顔や歯磨きと同じような生活の一部だ。
それがなくなるだけで一日のリズムに狂いがでてしまう。
アメフトという競技が骨身に染み着いたを見て呆れたように溝六が髭を撫でつけた。
「あったりめーよ。嬢ちゃん両腕動かさないで走れんのか?」
「で、でも、わたし」
「あ゛ー!?てめぇアメフトのやりすぎで脳内まで筋肉になりやがったか!!これ以上バカ増やして手間かけさせんじゃねぇよ!!!」
「…聞き分けろ。折れてなかっただけでもマシだろう。下手をすれば後遺症だって残ったかもしれん。アメフトどころじゃなくなったらどうするつもりだ」
「アメリカ戦の前にちょっとでも痺れが残りでもしたら責任とれんのかこの糞アメフト馬鹿!あんまり言うこと聞かねーと両腕一つにまとめてギプスで巻いて一ミリたりとも動かないようにしちまうぞ!!」
「ごごごごごごめんなさい!」
「やー…最凶」
阿含、番場、蛭魔の順に立て続けに畳み掛けられて、はもはや消えて無くなってしまいそうだ。
謝りたくる姿は瀬名にも通づるところがある。
うなだれたの、180の大台にものる手足が縮こまってしまったようにも見えた。
見かねた中坊が、遠慮がちに助け船を出す。
「で、でもあの人にも怪我がなかったから良かったッスよね、先輩」
「良かねぇよ!愛しの旦那さまにキッツいお灸据えてもらうように言っといたからな!!ちったぁ反省しやがれっ!!」
「〜〜〜〜〜〜〜!!??」
携帯片手にの鼻先で蛭魔が怒鳴る。
旦那さま、蛭魔の口から出た一番堪える存在に耐えかねて、は早くも半分泣きかけだ。
唯でさえこの所ミリタリアの一件で少し気が立っていたというのに、バッドを助けた所為でこんな事になったなどと言った日には正直何よりの脅威である。
「で、でもさ、は本庄さんとあの人が似てたからあんなに焦って」
「さ、さくらばっ!」
「え、あ?うそ、ごめ…っ」
「…………………母さん」
フォローに回ったはずの桜庭が、の一番知られたくない部分に触れる。
『決勝へようこそ、チームJAPAN…!!』
『――――本庄、さん?』
桜庭は聞いていたのだ、がバッドを見て本庄の名を呟いていたのを。
見間違えた訳では決してない。ただ、平静を、ほんの少し事欠いたのは紛れもなく事実だった。
鷹が頭を抱えて目を伏せる。
ぎりぎりと苛立ちの最頂点に達した蛭魔がすぅう、息を吸い込んだ。
「てんめぇえこの糞色ボケ惚気馬鹿が!そうか死ぬか!死にてぇか!!」
「キャ――――っ!!!」
じゃきん!ゴリィっ!の額に鈍色のマシンガンが押しつけられる。
強ち嘘でもない蛭魔の挙動にまもりや武蔵など上級生組を筆頭にした数人が慌てて二人の間に割って入った。
「そこまで怒ることないでしょ!」
「うるせぇ退け糞マネ!ソイツの腐った頭に一発ぶち込まねーと気が済まねえ!」
「オイ蛭魔、が恥ずかしがりすぎて死にそうだ。勘弁してやれ」
「〜いっそくたばれ!俺のために!!」
「アンタ明らかに私怨が入ってるだろっちゅー話!」
「………(もう無理)」
「やー!!姐ー!!??」
「〜!!!帰って来ーい!!」
余すことなく顔を赤に染めたがぐったりと机に突っ伏す。
扉を一枚挟んだ外界でも、同じく頭を抱える人がいた。渦中の“旦那さま”だ。
黒のスーツが皺になるのも厭わずに、壁にもたれ掛かるようにしゃがみ込んだ本庄が溜息を吐く。
心底悩ましげなその同窓の姿に、こちらはダーググレーのスーツを着こなした関東理事がぼそりと呟いた。
「お前の気持ちも分かるが、今は落ち着け」
「無理だ、あんなの反則だろ…!」
扉に手を掛けようとしたまさにその時、聞いてしまった言葉は何よりも本庄の一番弱いところを抉るように持って行った。
かつてはプロ野球で名を馳せたその人の、屈強な体躯など関係ない、心の奥底の一番繊細な部分を、たったの一瞬で。
『で、でもさ、は本庄さんとあの人が似てたからあんなに焦って』
背の高いワイドレシーバーの彼の、涼やかな声が耳にへばりついて離れない。
「ああもう人の気も知らねえで………………………!!」
が、腕を故障した。
その知らせを聞いたとき、本庄は口から心臓が飛び出すかと思った。
お人好しはの専売特許だが、今回は蛭魔の言葉を借りるならば“キッツいお灸を据え”なければならないかと、そう思いもした。
それが、それなのに、このザマだ。
開けてはいけない蓋を、開けてしまった気がした。
本庄はが好きだ。公言することだって求められれば憚らない。誰よりも、その自信がある。
そんな相手から、ここまでの想いの丈をぶつけられて、平静で居られる訳がないのだ。
「あの子は俺を殺す気か……?」
「いずれそんな気がしてならないと、今のお前を見て切実に思う」
叱る気が失せたわけではない。
アスリートの癖に、自身を蔑ろにしすぎだと、よく説き伏せなくてはならないだろう。
ただ今はそれどころか何もかもが本庄にとって、困難だという話だ。
怒るに怒れない、ぐらぐらと熱に浮かされたような感情にひたすら突き動かされそうになる自分を押し止めるのが本庄にとっての精一杯だった。
どれだけ愛せば気が済むのか
(獅子と呼ばれるその人の、宇宙より広い愛情を垣間見た日)
++あとがき+++
夢主のプリンセスホールド事件裏話。
バッドの背格好が本庄さんに似てたので尚更焦って思わず体が受け止めに行っていたという話。基本、本庄夫妻はお互いしか見ていない感じなのでした。みたいな^q^
初の選抜逆ハー(?)むちゃくちゃ疲れました…
ほんとは本庄さんと理事長は出さないつもりだったんですが、部屋に入ろうと駆けつけたところ(中坊の助け船あたり)でタイミングを失って本庄さんしばらく固まる→そのうち桜庭の発言を聞いて本庄さん怒るに怒れずキュン死寸前→頭を抱える本庄さんを関東理事がそれとなく慰めるとかどうだろう!と思った時点でこんなことに(爆)
蛭魔さんがキレまくりなのはあまりの夢主の旦那好き具合に呆れたから。バカップル万歳!
峨王くんが居ないのはMr.ドンに挑みに行ってるから、と言いたいところですが実はうまく絡められなかった(爆)全国の峨王ファンの皆様ごめんなさい
色々gdgd過ぎて目も当てられない感じですが、個人的に初っ端の筧きゅん、大和と鷹の「ばんざーい」、夢主を好きすぎて座り込む本庄さんがお気に入りです。
本庄さんに説教される話とか、ペンタグラムに絡む話とか、その他選抜メンバーと夢主とかこの話にいくつか続く形で連作が書けたらいいな!なんて思いながら、逆ハーの難しさをかみしめました。蛭魔さん出張りすぎだ。む、無念…OTLげふはっ
タイトル*ララドールさまより
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