―色味にすれば、三色
白に黒、あとは青
無意識なのか潜在的なのか故意なのか、が私服に選ぶ色は見事に王城ホワイトナイツのチームカラー。
似合わないわけではないけれど、徹底した色使いにはすこし引っかかるものがあったのも事実だった。
「この色、の好きそうなやつじゃないか?」
シックな内装と、落ち着いたBGM
行儀よくハンガーにかけられたカットソーを手にとって見せれば、が嬉しそうな声をあげた。
「わぁ」
ゆったりとしたシフォン生地にうるさすぎない大ぶりな花模様。
ブラウンを基調に落ち着いた色味のコーラルピンクが映えて、ふわりとしつこくない程度に重ねられたレースが上品に付いている。
上下がアンサンブルになっているそれは、思った通り好みだったようで。
にこやかに生地を手に取る姿は本庄にまで笑顔を伝染させる程だ。(かわいいな、おい)
「―すいません」
手近に居たスタッフに声をかけて試着の旨を伝えると気持ちのいい返事と共に店の奥へと誘導される。
カーテンではなくドアで区切られたフィッティングルームを前に“ごゆっくり”と微笑まれ、たじろいだのは何故かで
スタッフの姿が見えなくなってから、持て余すようにハンガーを握りしめていた。
「どうかしたか?」
「あの、」
「流石に手伝うわけにはいかないぞ?」
「わ・・・、わかっ、わかってます!もうっ!!」
からかうようにそう言えば、は真っ赤な顔で言葉を詰まらせる。
拗ねた、というよりは照れたようなふうに視線を逸らした(こういう所がかわいらしいのだと常々本庄は考える)の髪を撫でる。
空いた方の手でフィッティングルームの扉を開けてやると意を決したようにはそろりと足を踏み入れた。
底上げした床の分ほんの少しだけ高くなった目線が落ち着かないのだろうか。
居心地悪そうに視線をさまよわせるは何かを訴えるように本庄のジャケットの袖を掴む。
本庄に伸ばされた右手と、両足を揃えて脱いであるフラットシューズを見て、確信に近いものを抱いた気がした。
「?」
「え・・・えっと」
「心配しなくても、俺はを置いて行ったりしないぞ?」
やんわり、指先をできうる限り優しく解いて本庄はそう微笑みかける。
の心の機微にはあえて気付かない振りをして、扉が自身によって閉められるのをきっちりと見届けてから、本庄はもう一度(これもまた真っ青な)フラットシューズを眺めた。
飾りと言えばつま先の方に少しだけスパンコールが付いただけの、シンプルで底の薄い靴だ。
はよくこの靴を履いている。
このフラットシューズに限らず、が履くのはほとんどが底がぺたんとしたものばかりだった―まったく高さの出ないデザインの。
(女の子だなぁ)
愛おしいという気持ちで今頃扉一枚隔てた先で右往左往しているであろうを思う。はいつも控えめである、とも。
もっと好きなように振る舞えばいいのに、と常々感じている本庄にとっては些細なことがとてもいじらしく、ほんの少しだけ苦笑いを禁じ得なかった。(そしてその後に心の中で“まあそこも可愛いんだが”と付け足すあたり、溢れんばかりの想いの深さがにじみ出ている)
沈黙を貫くマホガニーのドアを見やりながら、フィッティングルームの端近に備え付けられたソファーに腰掛けた本庄はのんびりとを待つ体をとった。
割としっかりとした木の扉にかかったカレンダーをぼんやりと見据え、そして目を見張る。
思い付いた、―横顔に楽しげな笑みを浮かべながら日付を追う。
車のキーを弄びながら、本庄の脳裏は軽やかに、計画を組み立てていった。
* * *
本庄から急な電話があったのは、昼頃だった。
(「、デートしよう。4時頃に迎えに行くから」)
仕事が終わったその足で直接行く、そう締めくくられた電話はを幸せな気分にしてくれる。けれど、
鏡の前で、溜め息を吐く。
姿見いっぱいに映る背丈に、ひょろひょろとした手足。
女の子らしさの、欠片もない手はマメが重なって慢性的に堅くなってしまっていた。
爪が指先から出ることは無かったし、補強用のトップコートならまだしも色を付けたことなど皆無である。(最近ようやく、化粧を覚えた始めたばかりだ)
サイズに合う靴を探すのも一苦労(ヒールなんてとんでもない!)、華奢な作りの物は靴でも服でもアクセサリーでも壊してしまいそうで、自分からは滅多に買わない。
かわいらしいものは、小さい頃から似合わないのだ。
先週買ってもらったばかりの服に袖を通したは、少し、また溜め息を吐く。
(…かわいく、ない)
ごちん、鏡の自分と額をつきあわせて、目を伏せる。
アメフトをする上での利点も、フィールドに出ればを時折、今日のようにひどく悲しませることがあった。
もともと身長を生かすために始めたことでもあるし、この体躯があったからこそ、今までずっとアメフトに携わることが出来たと言うのに、矛盾する自分の心に呆れ果てる。
少しこみ上げてきた涙が、形を作る寸前に、聞き慣れたエンジン音で我に返った。
急いで雫を引っ込めて、戸締まりの確認をしているところで、こんこん、ドアがノックされて、本庄が顔を覗かせた。
「お帰りなさい、本庄さん」
「あぁ、準備できたか?荷物はそれだけ?」
「はい」
ぱちん、電気を消してコートを掴む。
まだ明るい時間帯の、斜陽手前の太陽がカーテンに濃淡を付けた。
くい、左手を引かれる。
「本庄さ…?」
「おいで」
見上げた本庄の表情がよく見えない。
掴まれた腕に従って三歩と歩かないうちに、足は空をかいた。
ぶわり、耳元で空間が呻りをあげる。
背中を暖かな掌が通って、を浮かせていた。
ふわふわと意思とは異なるつま先の感覚。
「わ、ほんじょうさ、え?えぇっ!?」
を抱え上げたまま難なく扉をくぐって、階段を降りる。
プリンセスホールドのお手本のような綺麗な振る舞いにはただただ困惑を繰り返す。
そんなに笑いながら、本庄は片手であっと言う間に施錠をして、家の外へと出てしまった。
じゃり、革靴がコンクリートを悠々と踏みしめる。
本庄は確実に車への最短ルートを辿っていた。
「あ、あの、本庄さん、わたっ、わたし、くつが…!」
「ん?そのままでいいよ。大人しくしててな」
「えぇえええ?」
わたわたと身じろぐ間にも、本庄は、ぽふん、いつもの助手席ではなく後部座席に広々と足を投げ出させる形でを下ろす。(裸足への、配慮)
でも、でも―、言いよどむの頬を暖かな掌が、そっ、と包み込んで撫でた。
にこり、優しく目を細めた、本庄のとろけそうな笑顔には言葉をなくした。
顔に全ての血液が上りそうだ。(そうやってが惚けている間にも、本庄は、かちん、と器用にシートベルトをに巻き付けてしまう)(み、見とれてる場合じゃなかった…!)
困惑するを後目に、本庄は柔らかにドアを閉めて、自らも運転席へと颯爽と乗り込む。
エンジンが唸り、車はゆっくりと動き出した。(いつもは助手席に座るが、後部座席から見る本庄に少なからずときめいたのは言うまでもない)
その、バックミラーやサイドガラスに映る横顔があまりに楽しげで、は全てを削がれた気分で口を噤んだ。
本庄がそのようであればあるほど、今の自分の戸惑いなど些細なものになってしまうのだからもはや相当のものであるという自覚はにもある。
見慣れない通りをすらすらと抜けて、自らの手足であるように本庄は車を走らせていった。やはり、楽しそうに。
ききぃ、車体が滑るように駐車場へと収まる。
きらきらしい店の明かりが眩いほどにこぼれて車のガラスに写り込んでいた。
服飾に疎いでも名前ぐらいならわかる、そして物怖じしてしまいそうになるくらい高級な、ブランドのロゴが、静かにを出迎えてお辞儀をする。
腰の引けるの戸惑いに反して、本庄はエンジンを切ってシートベルトを外してしまった。
え、いや、あの、もしかして
「ほ、本庄さん、え、まさか、まさか…あの、ちょっと、待っ、わあ!」
ん?首を傾げた本庄は、何でもない仕草で再びを抱き上げた。
家の敷地内ではない、夕方の街並みに、人通りに、歩き出した本庄の腕の中では目を白黒させた。
視線が痛いとかそんなこと、判らないぐらい恥ずかしい。
ぐるぐるとパニックを起こす間にも、本庄は重厚な扉を開いて店内へと。(当たり前だが勿論も)
優しげなスタッフの人はほんの少し目を丸くしただけで、すぐににこりと微笑んだ。いらっしゃいませ、お待ちしておりました。
洗練された店内に相応しく上品に歩く背中に続いて、通されたのは個室の一見するとサロンのような部屋。
真っ白なソファーにそぅ、と下ろされても、はそれにすら戸惑ってしまって、もう訳が分からない。
本庄のスーツの袖に縋るように指を絡めると、くすり、安心させるような笑顔がを待ち受けていた。
真っ白な箱を、別のスタッフから本庄が受け取ると、彼女達は滑るように部屋を辞す。
本庄とと、箱と、その三つの存在に、しばし空間は静まり返った。
「」
「は、はいぃ…」
「大丈夫か?」
緊張を解すように、よしよしとの頭を本庄が撫でる。
とすん、四角四面の箱をの膝に置いて、眼差しが語る。開けてご覧?
恐る恐る、箱をなぞって伝う指先が核心に迫っていく。
ぱこっ、と正確な造りの密閉度が高い蓋が独特の音を立てた。
暖色の灯りに照らされて、薄布にくるまれた箱の中が輝きを増す。
控えめな光沢感のサテン生地に淡いピンクを基調として、華奢なヒールと爪先にはアイボリーの二色使い。
丸みをほんの少し洗練させたシルエットは、甘やかすぎずに上品な印象を醸し出す。
春先の桜のような優しい色合いは美しく、の目を惹いた。
とてもきれいな、パンプス。
「こ、れ…」
「バレンタインのお返し。やっぱりピンクだな。には、こっちの方が似合う」
“悩んだ甲斐があった”にこにこと笑って本庄はの腕から再びパンプスを持ち上げる。
流れるような動作でキャスター付きの小さな小さな踏み台のようなものにの足を乗せて、自らも片膝をついて跪いた。
そっ、と壊れ物でも扱うような仕草での左足に手を添える。
ゆっくりと繊細な指先が、お伽噺のように、パンプスをの肌に添えた。
ぴったり、ただ一人だけのために誂えたみたいに、革のヴェールは優しく足を包む。
ころん、涙が一粒転がるように頬をはしった。照明に照らされてきらきらと光る。
右足も同じようにして本庄の手すがら、さくら色の靴が履かされた。
「、遠慮なんかしなくて良いよ。フィールドでも普段でものしたいようにすればいい。その方が、俺は好きだ」
「ほん、じょうさん」
「が、一番かわいいよ」
「――……っ」
静かに微笑む本庄が立ち上がるより先に、しがみつくようにがその胸に飛び込む。
難なくその肩を抱き留めた本庄は優しくその髪や背中を撫でた。
不可視なはずの愛をみた
(「本庄さん」
「ん?」
「なんで、靴なんですか?」
「良い靴は、良い所に足を運んでくれるってよく言うだろ?…それにキスがしやすくなった」
「え、あ、じゃあ その…普段から、もっと、背伸び とか、したほうが…いい、ですか?」
「…もうお前本当にかわいい」)
++あとがき+++
ダントツの長さは愛故に(爆)すみません嘘です無理矢理二話を一話にまとめた阿呆の所為です
だいぶ前から書きためてたネタなので若干本庄さんが違う
前半はそれこそ一年近く前から暖めてたので文章とかもげふごふんOTL
プリンセスホールド多用のサイトですみません趣味(殴)
服・パンプスの描写が力及ばず無念。雑誌のを参考にするんですが、難しい…
街中だろうがご近所さんの目に触れようが構わずプリンセスホールドをしてしまう本庄氏がすき(←重傷)
最近お星さまに浮気してばっかだったから凄い久々な気が…
本庄さんももっと増やさねば…!
タイトル*ララドールさまより
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