まだ梅雨の一歩手前、春と夏がゆるく溶け合う季節の風が、床を撫でるように部屋の中へと上がる。
開け放した窓から、レースのカーテンを緩やかに波打たせて、そよ風は爽やかに天井と馴染んだ。
吹き抜ける初夏の爽快感はまだない。
やわらかく穏やかに、晴れの日差しで暖まった肌にほんの少し潤いを含んだ温度の流れは心地よい。

「―」

さらり、傍らのの髪が、風にそよいで頬にかかった。
麗らかな午後の日差しにきらめいて、輝きを増すブラウンが金色に変わる。
百獣の王がそうするようにゆったりと体を丸めて、うつ伏せに、組んだ腕の上に頬を寄せるはすんなりと瞼を下ろしていた。

緩やかな呼吸の上下で、微睡みの心地よさを知る。
眠り始めの頃に一度、ソファに運ぼうかと思ったが、その横顔を見てすぐにその必要はないと本庄は悟った。
風の通り道を探し当てたのだろう、そよそよと観測するようにのたてがみが絶え間なく揺れる。
その肩に自らの上着だけを置くと、本庄は書類に向かうことを止めていた手を再開させた。
できうる限り音を立てないように、静かにパソコンのキーボードを触りながら、時折視線を少し傾ける。少し離れたその先の変わらずにあどけない額や頬を見る度、本庄は幸せな心地を味わった。

 ― こつん

ふと、次第に文字へ没頭していった本庄の意識に微かな音が入り込む。
はしはしと瞬きをふたつ、首をもたげてすぐに物音の正体は見つかった。―右手だ。

本庄のシャツの裾を掴むように親指と人差し指が。残りの指はゆるく拳の形に関節を曲げて、カーペットの上に。(先ほどの音はこれだろう)
長くしなやかな腕は、ぴん、と極限まで伸ばされ、真っ直ぐ、迷いなく、一直線にの肩から伸びて、本庄を繋ぎとめていた(―色んな、意味で)。

平均であれば決して届きはしなかったであろう距離は、の、だからこその腕で、本庄との距離を埋める。
それは身体的な、物理的な今の状況だけではなく、本庄との、出会ってから今までの軌跡をなぞっているようにも思えるのは偶然だろうか。少なくとも、本庄にとっては意味のある事に思えた。

「………とどいた」

まだ目覚めとはほど遠いなめらかな眼差しで、心底それが嬉しいと言うように、が笑う。
ほう、と息をついて、まるでこれ以上のしあわせなど、ないのだ、と。そう言わんばかりに、丸みを帯びた淡いブラウンの瞳は本庄を映す。
満足したようにもう一度吐息をこぼして、腕も指もそのままに、はまた目を閉じた。
唇が安らかな寝息に縁取られてもなお、右腕はゆるむことをしない。

「あー……あー、もう………ああ」

左側の裾、ちょうど前後のみごろの合わさった辺りを射止めたの手には自身の左手を重ね、空いた右手を額に当てて本庄は呻く。
呻く本庄に相槌をうつようにまた、風が吹いた。ゆらり、宥めるように肩を通り、過ぎゆく。
言葉の形にならない、ほど、胸はふるえた。
くるおしい、愛おしい。どれもこれも今の本庄の胸の内を当てはめるには力が弱い。
意識下を離れてここまでの破壊力、誠に末恐ろしい話だ。

手が離れてしまわないよう、重ねた指先に細心の注意を払って、との距離を静かに詰める。

「俺の残りの時間は、全部お前のだ」

心配する暇なんかやらない。だから覚悟しとけよ。

眠った額に唇を寄せて、囁いた言葉が、聞こえていなくても伝わるように、皮膚にまで覚え込ませるように、ごく近い位置で本庄は話した。

そしてそれからまた、しばらくしばらくしたのちに再開した作業の効率は、右手だけということを除いてもなお、抜群にはかどることがなかった。



までわせ



(手を伸ばせば届く距離)


++あとがき+++
本庄氏仕事の効率ガタ落ち^q^
でも手は繋いだままなのが本庄氏クオリティ
なんだかんだでなりました激甘に(倒置法)(笑)
初めはもーちょっと…甘さ控えめ…だったようなごにょごにょ
あんまりにも風が気持ち良かったので執筆。
今頃ぐらいの日差しが強めで風がゆるいとめちゃくちゃ昼寝日和ですよ。から派生←し過ぎ
上着(※ブランケット不可)を掛ける・服の裾を掴む仕草に激萌派としては一度どころか幾度となくやりたいシチュエーションです(ばーん)
背の高いキャラお相手(高見さん・桜庭・筧あたり)でもいいかなーと思ったけれどやっぱり思っただけでしtttt(殴)
唸る本庄さんがお気に入り^q^
やっぱり一回は言っときます本庄氏の理性は鋼鉄

タイトル*ララドールさまより


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