射抜くような眼差し
きりりとした眉
引き結んだ口元には意志の強さを纏わせる。
新しいスポーツブランドのミューズ、駅ビルの垂れ幕のような大きなヴィジョンに颯爽と表されたその姿にどこか目を惹かれた本庄は静かに特大の看板を見上げた。
真正面を少し外した流し目で見据え、長い指先が髪をかき上げる。
色白の面立ちに、黒のショートカット、左の眦にはブランドロゴを崩して象ったタトゥーのようなものが入って、その目元を洗練させていた。
化粧品の宣伝だと言われてもさしたる違和感はない。
華奢な手首には何重にも重ねられたブレスレット
そこまで見やった本庄は信じがたい気持ちで目を見張った。
射抜くような眼差し、きりりとした眉、引き結んだ口元には意志の強さを纏わせる。
普段は決して覗かせない、くすぶるような闘争心。
穏やかな眼差しが本質を変えるその、衝撃は、出逢って三年経つ今でもなお鮮烈に本庄の中に姿を残していた。
優しさにしなやかな強さを巻きつけて、時折ひどく力強く、それでいて洗練された息づかいがひどく本庄を動揺させる。
それはまた、も同じだったようで
「さ、さささささっ…桜庭――!!!!!」
あわあわと携帯を取り出して、コールを飛ばす。
の口から出た現役モデルである彼の名前を聞いた時点で、大体の経緯が読めてしまった本庄は取りあえず電話口で泣きべそをかき始めてしまったから携帯を取り上げて自らの腕に華奢な背中を招き入れた。
よほど驚いたのだろう、電話をかける相手すら間違っている。
「もしもし、鷹?」
『父さん?…なんか、、もの凄く泣いてたんだけど…今日は定例会の後二人で出掛けるんじゃなかったの?』
理事会の一環として行う面談は、もうひとりの相棒と本庄との三人で行う。
は史上初の女性プレイヤーということだったので、定期的な近況報告を義務付けられているのだ。
わざわざ名ばかりの堅苦しい場を設けるまでもなくの様子は本庄という名のパイプラインのもと関東理事にもだだ漏れなのだから、実際は単なる親しい友人とその恋人とのちょっとだけかしこまった交流の場である。それが、まさに今日の話。
はいつもその日の放課後練習を、前日の放課後と当日の朝練に多めに回すよう調整をしているため、定例会の後はいつも二人で出掛ける貴重な時間に宛てることに決まっているのだ。
「言われる前に言うけど喧嘩じゃないぞ?恥ずかしがり屋のが打ちひしがれたくなるようなトラブルが起こっただけ」
『…よくわからないよ。取りあえず修羅場じゃないならなんでもいい』
「帰ったらちゃんと説明するよ。とにかくもうそろそろが本格的に落ち込む前に切るな。急にびっくりしたろ?悪かった」
『いいから早く慰めてあげてよ、なんか打ちひしがれてる姿が目に浮かぶ』
「お母さん思いの息子で俺は嬉しいよ、じゃあな」
通話終了ボタンを押して、左腕一本で抱き締めていた力を少し緩める。
はまだ困惑を制しきれないようで、下がりきった眉尻がその証拠だ。
見上げる瞳に潤んだものを見つけて、人差し指で目尻を拭ってやりながら本庄は苦笑いをこぼす。
「取りあえず、桜庭くんに事情を説明しに行こうか?」
今の時間ならまだきっと、部活の最中だろう。
車を出せば15分と掛からない。
その間どうやってを落ち着かせるか、その涙を引っ込ませて安心させるかを本庄は静かに思案した。
* * *
「えーと…話をまとめると………ミラクルさんにまんまとはめられたね、も桜庭も二人とも」
『…すみませんでした』
王城ホワイトナイツの部室にて。
186pの桜庭と180p近い、すらりとした背丈を持つ二人のフットボールプレイヤーは今や可能な限りその体躯を小さくしていた。
部長である高見が正面に座り、机を挟んで向かい合う形でと桜庭。
その周りの思い思いの場所に、ホワイトナイツの三年生の面々がベンチに座ったり、壁にもたれ掛かったり、こめかみを押さえて唸ったり。
本庄は、マネージャーの若菜に勧められた椅子に腰掛けて、ひたすら静観を貫いていた。
の斜向かい、机の角を挟むようにし位置から、見守るとも言えるだろう様で。
「まずは桜庭、ミラクルさんに丸め込まれたとは言え、押しにとことん弱いを一人にしたのは良くなかったね?唯でさえ周りに味方が居ないんだからタクシーなりなんなりで先に帰してあげなくちゃ」
「…はい」
「次、。いくら何でも向こうだってプロなんだからそんな都合よくモデルがドタキャンなんて有り得ない。最初からに話を持って行くつもりだったんだよ。話が出来過ぎておかしい、そうは考えなかった?」
「お、思い付きませんでした…」
しょげ、と高見に諭されて一様に目線を落としてしまった二人の周りに飼い主にしかられた犬のような雰囲気が満ちる。
反省という点では誰よりも素直な二人だ。押しに弱いところも似ている。
その痩身を折り曲げるように桜庭は頭を抱えた。
「いや、もうほんとすみません…まさか社長がまで狙ってるとは知らなくて」
「メイクとコラージュで絶対に本人とはバレないようにするって言われてたからつい安心してしまって」
「ぁ〜……もう、この二年ヘタレ組は……!」
ガンッ!艶島の『ヘタレ』というワードにショックを受けた二人が一様に眉を下げる。(にいたっては再び半ベソだ)
高見とよく似た背格好の鏡堂(こめかみを押さえて唸ったりしていたのが彼だ)が、雑誌の見開きを睨んでまた溜め息を吐く。
「見るヤツが見ればっていうかアメフト関係者が見たら十中八九ってバレるだろこれは…だから若菜だって一発で気付いたんだろ?」
「は、はい」
若菜の友人が持っていた雑誌にも、件の広告が載っていたらしい。
それなりにポピュラーな雑誌の見開き一ページ目に載っているあたりかなり大々的な扱いを受けているようだ。(厄介なことに)
「、気付いてないんなら教えてあげるけど、お前ね、目立つんだよ…」
「ヒル魔が嬉々として脅迫ネタにしてる姿が目に浮かぶ」
諭すような中脇の言葉に、上村がぼそりと呟く。
もはや言葉もでないがひたすら打ちひしがれる中、本庄は静かに(心なしかへなりとした)薄茶の髪を撫でやった。
「と、とりあえずミラクルさんがもうすぐ来るから、なんとか話を…」
取りなすように言葉を紡いだ桜庭を遮るように、ばたん!荒々しくドアが開き、嬉々とした様子で(相変わらずあのノリの)ミラクルこと伊藤が現れる。
社長!と諫めるように叫んだ桜庭を余所に、にこにことしたミラクルはを見つけるや否や殊更顔を輝かせた。
「み、ミラクルさ…」
「ちゃん!もう見た駅前のビジョン!?あんなに大々的に取り上げられるなんて久々だよ〜!!次も是非ちゃんにって」
「え、あの、でも、ミラクルさん一回だけって」
「なに言ってるのちゃん!このポスター見てすごい数のスポンサーさんからオファーが来てるんだよ?次はCMだね!」
『え、えぇええええ!!』
腰が引けまくりのに構いもせず、両手を捕獲するように掴んでミラクルは熱弁を振るう。
と桜庭、両方が声をそろえて叫び声をあげた。
「む、むむむむむ無理です!あれは、わたし、一回だけ、それも、あ、あんなに大きな広告…!」
「そう!そうなのちゃん!先方さんがあのポスターの出来に感激してあそこまで規模が大きくなったんだよもう桜庭ちゃんとちゃんが居ればうちの事務所は無敵だねっ」
「ちょっ、社長!?」
もはや完全に流れを持って行かれている。
セカンドバッグからいそいそと契約書まで取り出し始めたミラクルを、に止めろと言う方が酷だろう。
「有名なスポーツブランドだから色んなところから注目を集めてるんだ。これから忙しくなるよ〜?とにかく親御さんに…」
「それ以前に、この子はモデルをする意思はないはずですが?」
話が契約に差し掛かったところで本庄はミラクルの言葉を遮った。
机に差し出された契約書の向きを突き返す形でくるりと滑らせる。
牽制の意味を込めて『契約』の2文字の上を弾くように人差し指で二回叩いた。こつ、こつ、と籠もった音が二回。
「は一回だけの約束で、ポスターモデルの契約をした。そうだろう?」
「は、はいっ」
「だったら起用は一回きりだ。この後また新たにイメージモデルを採用すればいい…おいで、」
ちょいちょいと手招きをして、傍らにを呼び寄せる。
目には見えない一線を画して言葉の外に意思を持たせた。
「―伊藤さん、と言ったかな。契約を一度受けた以上、今回の件の差し替えはお願い出来ませんが、今後一切こういったお仕事はお断りします。の個人情報がスポンサー側に流れるなんてこともないようにして下さい」
少し前屈みに背中を傾けて机の上で両手を組む。
硬度を増した声に、室内の空気は少しばかり重くなった。
今ばかりは、と年が離れていてよかったと本庄は思う。
平淡に、冷静に、口を挟むことを許さない話し方を覚えたのはそれほど昔からのことではないからだ。
「は唯でさえ学生で、しかもアメフトの練習に重きを置いているんです。制約を増やして、彼女の大切な夢やかけがえのない仲間を取り上げるのは止めて頂けませんか?」
畳み掛けるように視線をやって、合意を促す。
本庄の顔は、もはや“関西アメフト協会理事”の肩書きの方に近付いた。
ただ一点、本庄を突き動かす理由だけは、少し異なる。口の端にその片鱗を、
「―何より、愛する妻が望むならまだしも不本意な手段と結果で、大勢の人間の目に晒されるのは非常に不愉快です。特にうちのは、人一倍恥ずかしがり屋なもので」
“―屈辱に近いですね”そう言い放った時点で表情を苦笑いにシフトさせると、伊藤が目に見えて固まったのがわかった。(言うまでもなくも)
我ながら大人げないとは思うが、ことがことなので良しとする。
アイツにバレたらまた口うるさく言われるだろうなあ、内心はその程度だ。
「失礼。では、宜しく御願い致します。―、帰ろう」
サングラスを掛け直して、“”と必要記入事項の半分が伊藤によって埋められた契約書を回収するのも抜かりなく席を立つ。
本庄以外もれなく状況に置き去りにされた面々に一通り断りを入れて、涼しい顔で“それじゃあお疲れ様”と声をかけると、の肩に手を伸ばしてドアをの外へと足を踏み出した。
クラブハウスを後にして、なにかもの言いたげなには気づかない振りのまま、駐車場に停めた愛車の助手席側のドアを開けてる。
自らも運転席に乗り込んでようやく一息吐くと、ハンドルに両腕を組んで重ねてその上に顎を埋めた。
兼ねてからの溜息を深々と落として、顔の向きはほとんどそのまま、視線だけをへと移す。
「ごめん…ちょっと、腹が立ってつい……勝手は俺だな」
「本庄さん…?」
「…取られたくないんだ」
体ごとをこちらに向けて、は心配そうに首を傾げた。
完全に瞼を下ろしてしまった本庄を気遣う空気が車内に流れる。
そう、勝手は俺だ。心の中でもう一度呟く。
先の会話(というには一方的だが)は勿論本心だ。
には自分が一番したいことを、心置きなくして欲しいと思うし、その為に出来ることなら何でもしたいと思う。嘘はない。
けれどもしが、アメフトとモデルを両立させたいと願ったとしたら、今はそうではないけれどこの先、そう思うことがあったら―
きっと本庄の今の言葉はの選択肢をひとつ摘んだだろう。
その可能性を思いやらなかったことが本庄の胸の内にささくれを残す。
迷わせたいわけではないのに、と。
(今は死んでも顔上げれねぇな…)
交差した手首に額を預けながら、情けない、と自嘲する。
本庄の軋む心うちのように、きしり、車がさざないた。―それはすぐに間違いだと気付く。
くしゃり、野球に携わった人間らしく、ずっと短くしている髪がささやかな音を立てた。
遠慮するようにぎこちなく、指先がたどたどしく硬質な一本一本をかきわけていく。
少しの躊躇いの後で顔を上げた本庄を覗き込むように、が身を少し乗り出した。
サイドブレーキを乗り越えた手のひらは静かに本庄の頭を撫でる。
「―本庄さんが、いて、」
囁くように小さな声が、十分な音としてすんなりと耳に馴染む。
大切なことを言い聞かせる唇がゆっくりと言葉を生み出した。
「鷹とひばりちゃんがいて、お父さんとお母さんと、妹が二人とも元気で、アメフトがみんなと出来たら、」
まぶしいものを見るように目を眇めて、三日月によく似た形が口元を彩る。
「…あとは結構、なんでもいいんです」
恥ずかしそうに笑って、は眼差しを微笑みのそれに変える。
無防備に信頼しきった右手を掴むと、の一挙一動を見逃さないように見つめていた視線の軌跡を本庄は一直線に辿って距離を0に変えた。
小さな悲鳴が上がる。危なげなくしっかりと腕の中に招き入れた体を引き寄せて、まだまだ危なっかしい肩の辺りに顔を埋めた。
些細な境界線すら煩わしくて、次に車を買い換える時はベンチシートにしようかなどと、本庄はそれなりに本気で考える。
一度は離れた右手の代わりに、今度は左手が、肩甲骨の上辺りに添えられた。
埋まってくぐもった声が、耳朶をくすぐる。
「―本庄さんがさびしい時は、私もさびしい時ですよ」
本庄の些細なわだかまりを溶かすすべを、きっとこれからもは理解する前に実行してしまうのだろうと、確信に近い気持ちでそう思った。
紙は2枚に裂けました
(「…とりあえずひばりと鷹にはなんて説明しような?」
「―!!」
「ああ、泣くな泣くな大丈夫だから」)
++あとがき+++
桜庭とつるんでる(…)なら一回はやっときたいネタ(爆)
独占欲丸出しの本庄さん楽しかった\(^o^)/なりふり構わない本庄さんすき!←…
あまりの長さにまたもや全角5000文字超えてしまってびっくりした自分ははっちゃけすぎであるwww
身長に重きを置いた場合抜群なプロポーションを発揮する嫁なのでした、まる
多分撮影時には中々猫背が直らなくって、アメフトボールとかで赤ちゃんスナップのご機嫌とりみたいになってたこと請け負い^q^
いろいろ設定あやふやですみませんでも楽しかった!です!←…
タイトル*暗くなるまで待ってさまより
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