雨が、降っている。
しとしと、ポタポタ、そんな生易しいものではない。
音だけでも簡単に想像が付く、天と大地を繋ぐような、叩きつける速度と矢のような鋭さに、跳ね返った雨水は激しく弾け飛んでけぶり、周囲の温度を下げる。
降水確率100%、足下にご注意ください。天気予報じみたフレーズが頭をよぎった。
傘もカッパも軒先も意味をなさないほどあっちこっちから水飛沫が跳ね飛んで窓や屋根を叩いている。

だと言うのに

「…行ったな」

はあ、溜め息がやけに大きく響く。
人ひとり分のスペースと、ダブルベッド用の長い枕の半分はもぬけの殻で、肘を突いて少し視線を遠くにやれば、ルームシューズが一組すっかり出掛けてしまっていた。
一度、深夜と早朝の間に鳴るはずの目覚まし時計は本庄の起床時間にセットし直してあり、簡単にだが皺の寄った布団は整えられていて―

かちり

起き上がって、まだ鳴ってもいないアラームを切る。
簡単に身支度を整えて寝室を出ると、音を立てないように階段を下りた。時刻はまだまだ早朝、二人の子供たちが起きるには早すぎる。
庭に面した洋間の窓際、部屋干しでまだ乾ききっていない洗濯物の中から、家で一番大きいバスタオルを一枚、ハンガーから外して本庄はバスルームに足を向けた。
洗濯機の上に備え付けた乾燥機の蓋を開けて、バスタオルを入れる。
買った当時はいつ役立つのかと首をひねった『タオル一枚(お急ぎ)』と書いてあるボタンをセットして、今度は温かい飲み物を用意すべくキッチンへと踵を返した。
本庄がドアを開けると、ほとんど白に近い毛並みを持つゴールデンレトリバーのホリーがすでにゲージから出て来ていて、甘えるように身をすり寄せる。
しゃがんで背中や頭を撫でてやると、くい、とホリーが顔をもたげた。
申し訳なさそうにホリーが指し示すのはいつものウインドブレーカーが掛けてあるスタンド。空になった部分を見て小さく鳴くのは、恐らくを引き留められなかった謝罪だろう。
賢い愛犬は、によく懐いていて、時に兄のような素振りすら見せるのだ。慰めるようにわしわし撫で回す。
少し元気を出したようで、ぐりぐりと2、3回頭をすり寄せるとホリーは身を引いた。

にも困ったもんだな、ホリー」

どれだけひどい雨であろうと、はロードワークを欠かさない。
行儀良くおすわりをしたホリーは同意するように頭を動かした。

          * * *


乾燥機から取り出したタオルがまだあたたかいうちに、カシャン、玄関の柵を開ける音が聞こえる。
ソファーに座る本庄の足元で待ちわびていたホリーがぴくりと起き上がった。
伺うようにこちらを見上げる眼差しに頷いてやると、ふわふわの毛をなびかせて駆けていく。
その足跡をなぞるように静かに、玄関の死角になるギリギリまで足を進めた本庄は両手でタオルを広げた。
おんっ!びしょ濡れで帰ってきたを見て、ホリーが重厚な鳴き声を上げる。

「ホリー、しーっ…わ、!こら駄目だってば、濡れるからいいこに…、うわっ…!?」

足元にまとわりつくホリーに気を取られているのを見計らって、本庄はに頭からタオルを覆い被せた。
すっぽりと上半身を包んだ布越しに頭を抱きしめるとひんやりとした水のにおいがやけに鼻につく。
え?え?と全身で狼狽えるは予想と違わず水浸しで、夏も間近だというのに冷えた掌に本庄は顔をしかめた。
玄関より一段あがったところに立っているため、いつもよりももっと高い位置から腕を回す。
顎を難なくの頭の上に置いて重心の半分をのし掛かる形で掛けてやった。
うわわ、小さな声があがる。
意図して作った不機嫌な声で、、本庄は呟いた。

「風邪を引いたらどうするんだ、こんなに冷たくなって」
「う、うっかり防水のほうのトレーニングウェアを全部洗濯してしまって…」
「ロードワークの前は天気予報を見る約束じゃなかったか?」
「や…その、あの、い……家を、出るときは…まだ降ってなかったので、つい」
「本当に降ってなかったのか?じゃあ何でいつもはホリーを連れてくのに今日は1人で行ったんだ?」
「……ごめんなさい嘘つきました。ちょっとだけ降ってました」
「…
「うぅ…ごめんなさい本庄さん…」

タオルの中からくぐもった謝罪。
体重を乗せていた顎を離して、しっとりしたタオルの端を手繰り寄せての顔を出させると額をぴったりと合わせさせた。
ごく近いところで、再度囁く。

「あんまり言うこと聞かないと…おおよそが口に出して言えないようなことするぞ?」
「え、あの…ぇえっ?」
「もう聞くに耐えないぐらいもの凄いことだからな、覚悟しろよ」
「な、なんか良くわからないんですけどすごく怖いです本庄さん………!」
「それが嫌ならいい子にしなさい」










(後日の話
「“おおよそ口に出して言えないような”“聞くに耐えないぐらいもの凄いこと”って何なんだろ」
「…、それ多分本庄さんだいぶ限界来てると思うよ」)


++あとがき+++
ヤンデレ本庄さんのす〃め\(^q^)/
初めはそんなつもりなかったのにいつの間にかなんてことwwwやらかしたwww
いろんな意味でキてる本庄さんはしかし楽しい(爆)
“おおよそ口に出して言えないような”“聞くに耐えないぐらいもの凄いこと”は皆さまのご想像にお任せします('∇')うふふ
本能的に危険を察したものの色々空気読んでない嫁の運命やいかに。
本庄さんの家には白い大型犬、を夢見ていた菱としては念願のわんこ出演。
ホリーとたわむれる話も書きたいな!賢いわんこ大好き
電化製品ってたまに「いつ使うんだこれ」って機能ありますよね!菱家のストーブには謎の“まろやか”ボタンがあります。

タイトル*流星雨さまより


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