「・・・好きなんだ、あんな人よりずっと」
あんな人で悪かったな、と心の中で毒づく。
完璧に出るタイミングを奪われた本庄は今し方来た方向に2、3歩後退した。
飾り気のない、剥き出しの壁に背を預けて腕を組む。
気分は最悪だ。
こんなことなら、を一人で待たせずに一緒に連れて行けばよかった。
先程まで一緒だった高校時代からの付き合いがある東の相棒、天性の熱血漢でもある彼はビジネスパートナーでもある。
決して公言したことはないが、彼なりにを気に入っていることも事実だ。
その彼に、少し打ち合わせをする必要があって
10のことに100の気遣いをするが気に病むといけないと思い、ほんの数分間目を離せばこれだ。
サングラスを押し上げながら、大きな姿見に映る2つの横顔を見て本庄は溜め息を吐いた。
「歳だって、離れすぎてるよ」
大きなお世話だ。
(人の気にしているデリケートなことを・・・)
あの野郎タダじゃおかねぇ、なんて、大人げないことを考えながらも本庄の耳からその言葉は離れなかった。
分かっている、分かり切っている。
歳が離れすぎていることぐらい、百も承知だ。
今までも、そしてこれからいくら頑張ろうと決して縮みはしないその差を、本庄はどうすることもできないだろう。
それでも応えてくれたを、全てを賭けて想うだけだ。
だから、
余計なことを、言ってくれるなと本庄は思う。
そんな風に言ったら、その子が泣いてしまうだろう、今だって肩を震わせて、俯いているのが此処からでも見えるんだ。
睫毛を縁取るきらめくものも、きっと気のせいではない。
(ああ、ハラワタが煮えくり返りそう)
「どうして、さっきから、あなたは、」
ふつふつと怒りを込み上げさせていた本庄の耳に、潤んで重みを増した声が届く。
上擦って震えながらも、凛とした声が。
「歳がはなれているのは百も承知です、ほうっておいてください。そんなの、わたしがいちばんよく知ってる、わかってるんです・・・!」
き、と前を見据える姿に男はただただ唖然としている。当然だ。
アメフトのフィールドを踏んでいるならいざ知らず、日常生活での争いごとや揉め事を極端に苦手とするがここまで憤る姿は、本庄も初めて見る。
「本庄さんは、それでもいいと言ってくれました。あなたになにがわかりますか。本庄さんの、なにを知ってるって言うんですか。あなたより、他のだれより、わたしは本庄さんを想ってるつもりです。ばかにしないで、本庄勝というひとをあなたが軽々しく語らないで、こんなの、あんまりだわ…!!」
「―――……‥」
あぁ、と本庄は溜め息をまた吐いた。深く深く、息を吐き出してその場にしゃがみこむ。
がしがしと髪を一通りかき回してから拳で自らの額をど突いた。
今の今までの暗鬱と腐っていた自分が情けない。
(いい年したおっさんが・・・)
呆れ果てる。息子と一つしか変わらないのほうがよっぽど、立派だ。
泣きながら、悲しみながら、それでも真っ直ぐに立つ姿は目に焼き付いた。
それが、自分の為であれば尚更
―嬉しい、なんて
大事な恋人が頬を濡らしているというのに俺は、と自分で自分に辟易しつつ、本庄はもう足を踏み出していた。
「―」
「ほ・・・!」
「遅くなってごめんな、」
―待たせてしまって、決めあぐねてしまって
ふたつの意味を込めて、謝罪の言葉を述べる。
もう、疑心暗鬼に陥るのは止めだ。
思いの深さに、本庄は触れた。
柔らかな色の瞳をまん丸にして呆けるの頬を拭う。
雪どけ水のようにじわり、伝う涙が指先を濡らした。
「泣いたな」
「っ、あ ぇえと、その」
「こら、擦るな。赤くなるぞ」
瞼を擦ろうとする手を強引に制して指を絡める。(人が世に言う恋人つなぎだ)
言葉をほつれさせたが徐々に声を結んでいく。
「ほんじょうさん、あの、これは…その」
「聞こえてた」
「!?」
「ありがとう、今度は俺の番」
本庄を気遣うように顔色を伺ってきたに、笑顔と抱擁を。
耳元で感謝を囁いて本庄は右足を軸に体を反転させた。
「―で、うちのに何か?」
まだ居たのか、空気読めよと言わんばかりのいたずらに不遜な態度を隠さずに言えば、敵愾心露わな一睨み。
そんなもの、と笑顔を返せば視線は怯んだ。
本庄とでは踏んだ場数が違う。
それは奇しくも、年齢という経験の差だ。
「…口程にもない奴め」
踵を返してせかせかと立ち去る足元を見て躓けばいいのに、と不謹慎なことを思いつつ、おどおどとしているの肩を宥める。
あとからあとから零れ落ちる涙が、の輪郭を伝っては襟に染みをつくっていった。
「」
そう微笑んで、艶やかに光を反射する眦をそっと拭う。
僅かに身を屈めて顔を覗き込んだ本庄の視線から逃れるように、の視線はうろうろと下降の一途を辿った。
気遣いや恥じらい、気恥ずかしさといったそういうもの、にとっては向こう一年はまたとないだろう啖呵をきった後であればそれも仕方のないことだろう。
「ほ、本庄さん、わたしは…っ」
「―焦らなくていい。俺は此処にいるだろう?どこにも行ったりしないから」
下がりがちな睫毛に悲愴とも言える色が覗いた。
不安に揺れる姿に言い含めるように頭を撫でて指先に心を込める。
「ちゃんとわかってるよ。だからそんなに泣かないでくれ。俺はを、悲しませたいわけじゃねぇんだ」
偽りなんてない、本心を乗せた口の端を額に当てて囁くと、の涙が質を変えた。
感激屋のこの子らしい、涙がそれまでとは違う涙になったことに本庄は少し安堵する。
なだめるような眼差しに気付いたは、決壊した瞳を押しとどめようと必死になった。
「悲しくなんか、これは………あ、汗ですっ」
瞬きを減らして、目元にへんに力を込めた所為か、物凄く不自然な形で肩を震わせる。
まるで転んだ痛みを我慢する子供のような姿が愛おしく感じられてしまうのは不謹慎だろうか、けれどその努力は無碍にすべきではないと心得た本庄はそのままの頭を抱え込んだ。
「そうか、汗は仕方ないな」
「…そうなんです、絶対」
頑なに言い張るは、顔を本庄の胸に埋めたまましばらくはそうしたままだろう。
真っ赤に染まる耳朶を見やりながら腕に力を込めると、答えるようにの両腕は背中に縋った。
信じられた嘘つき
(その嘘はとてもやさしい嘘でした)
++あとがき+++
愛に葛藤は付きモン(拳ぐっ)
涙は心の汗ですから←…
本庄さんが相変わらず若干のやさぐれた大人げなさを垣間見せてます。基本的に嫁をたぶらかす野郎には容赦ない鉄板と
何度も言いますが原作の本庄さんはそこにいるだけでかっこいいです。菱が書くとまったく発揮されてませんが本庄さんは良識を兼ね備えた素晴らしい大人です。
ちょっと昔に書きかけで放置してあったのでだいぶおいたわしい部分ありますがご容赦下さ(殴)
タイトル*流星雨さまより
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