かち、かち

照明の光度を少しだけ落とした部屋で、パソコンに向かうひとりの少女。
少女、というには少し差し支えのある高い背丈と液晶画面に向けられた鋭い眼差し、傍らにはサーモマグに淹れたにも関わらず冷め切ってしまっているコーヒーが入っていた。
真摯に見つめる画面には、再生中の動画とびっしりのデータが表示されっぱなしのまま。
ちかちかと目まぐるしく変わる映像が仄白い彼女の頬を余計と不健康な色に見せていた。

片時も液晶から目を離さない背中に影が迫る。
決して足音を忍ばせている訳でもないのにも関わらず、はまったくと言っていいほど背後の存在に気付いていなかった。

「こらっ!」
「!?」

ふぅっ、と急に画面がブラックアウトする。
相変わらずわあわあと歓声がスピーカーから流れてたままでいるのだからパソコンの電源が落ちたわけではないようだ。
視界をがっつりと何かが塞いでいる。
頭の上から降ってきた叱声に、今まで微動だにしなかった肩がびくりと跳ね上がった。

「またこんな時間まで・・・」
「ほ、本庄さ・・・うわわわわわ!」

ぐいぐいとの顔半分を覆うのは平均より遥かに突出した大きな掌だ。
両目を塞ぐように左手は視界を奪ったまま、本庄はをがっちりと捕まえる。
空いた右手でさくさくとパソコンをシャットダウンするとガスチェアーの上からを引き剥がして持ち上げるように抱え上げた。

「もう1時だ。朝だって早いのに夜更かしばっかりして、お前そのうち絶対倒れるぞ」

とくに最後の4フレーズにくっきりとアクセントを付けて本庄は言う。
中途半端に浮いた手足が行き場なくふらふらと宙をさまようのに構いもせず軽々とを抱え上げた本庄はすたすたと寝室に向かおうと足を進めた。

「本庄さん、私、今日の朝練までには全部データをまとめておきたくて」
「駄・目・だ」
「本庄さん〜…」

広い背中に言い縋っては見るものの、本庄は頑としてを離そうとしない。
寝室のドアを開け、をベッドの上にようやく下ろすと念を押すように枕を叩いた。

「なんか温かい飲み物でも持ってきてやるから大人しくしてろ。―いいな?」
「・・・・はい」

言葉少なに、威圧感はたっぷりとそう言うと本庄はマホガニーの扉の向こうへと消える。
残されたは本庄の言いつけ通り、取りあえずシーツの中に体の下半分をいれて大人しくしてみるものの目はすっきりと冴えていて、眠気はさっぱり来なかった。
寝る前にコーヒーはまずかたったかなあ、とか、明日の朝一でデータをどうにかしなければ、とか本庄が聞いたらおおよそ顔をしかめそうなことを考えながら、はシーツの上から膝を抱えた。
疲れがたまっていないわけではない。むしろ部活とデータ編集の合わせ技でそれなりにほんのり極限状態だ。
それでも足りない。どれだけ練習を重ねても、逸る気持ちは収まることをしなかった。

(いいんだか悪いんだか・・・)

ふぅ、と溜め息をひとつ吐いたと同時にドアが開く。
なんとタイミングの悪いことだろうか、しっかりとの疲労を感じ取った本庄がまた顔をしかめさせた。

「なんでこんなになるまで無理するかなは」
「最近流行りのハイブリットなんです。減税対象の」
「・・・次そういうこと言ったらなんか罰ゲームさせるからな」

まったく、と歎息して本庄がマグカップを差し出す。
やわらかな湯気をたてるのは、の髪とよく似た色のティーオーレだ。
ありがとうございますとが受け取ったのを確認すると、本庄もベッドに腰掛けて手に持ったカップを傾ける。
夫婦茶碗のように対になったそれはが緑、本庄が青のものを使っていた。
2人で選んで買った初めての食器に、も口を付ける。
ほんのり甘みのついた紅茶が温かく喉をすべり落ちて、こわばった首筋が弛んでいくようだった。
ようやく一息吐いたを支えるように大きな手指が肩を包み込む。
優しく髪を梳く掌にもたれかかるようには頭を預けた。

「根を詰めすぎだ。これで倒れたら元も子もないだろうに」

明後日の方を見て、本庄が嘆く。
肩口に首を傾けたまま、は苦笑いを零した。
ごめんなさい、そう口を開こうとするよりも早く、ゆるりと瞼が下がる。
不意打ちの睡魔と戦うに気付いた本庄の手のひらが、緑色のカップをサイドボードに遠ざけるのを夢うつつで感じた。



する



(オドビの隠し味)


++あとがき+++
オドビ≒ブランデーと思っていただけたらと思います。定かではなi(殴)
ホットミルクに入れるんならミルクティーにもいいだろうなぐらいの勢いで書きました。定かでは(もういい)
飲み物作ってくれる甲斐甲斐しい本庄さんとうとうとする嫁が書きたかっただk
本庄さんはそういうの上手そうなイメージです。

タイトル*ララドールさまより


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