※ 317th down「配られたカードは」ネタバレ注意

「――いや、“降り”だ」

煌びやかなカジノは、今やおかしな空気に包まれていた。
こっちのテーブルでは恐ろしいほどの高額レートの賭ポーカー、少し前まではルーレットのセクションで険悪なムード、絢爛豪華な空間にただでさえ気圧されているというのに。
蛭魔の座る椅子のすぐ後ろに突っ立って、は思った。帰りたい。それもすぐさま。

「オイ」
「はっ…はぃい!!」
「次はテメーがやれ」

そんな心を見透かしたかのように蛭魔はチップの小山をの掌に押しつける。
反射的に受け取ってしまったはぶるぶると首を振るった。もちろん横に。(冗談でしょう!!)

「かっ…賭ポーカーなんて生まれてこのかたしたことないから無理!」
「見てりゃ大体ルールはわかるだろうが。オラ座れ」
「まままままま待って待ってほんとに無理!」

 ―じゃきん

「す・わ・れ」
「かっ、カジノって銃火器禁止じゃなかったっけ!?お願い銃口でゴリゴリするのやめて!!」

ひぃー!どこからともなく取り出された鈍色の固まりが額に翳される。(しっかり取り締まってカジノの人!)
銃を持つ手とは反対の腕でヘッドロックをかけられたまま、は背筋に冷たいものが走るのを感じた。あからさまに苛立ったクリフォードの視線だ。
ますます腰の引けるを締め上げる動作を強めながらぼそりと蛭魔は囁く。

「――――」
「そ…そんなことしたら警備員さんすっ飛んでくるんじゃ…」
「その前にテメーの頭をすっ飛ばしてやろうか」
「やめてくださいごめんなさい!」
「―サニー、レオ、やるんならさっさとしろ」
「ぃっ…お、お手柔らかにお願いします…」
「ほざけ」

不機嫌なクリフォードに睨まれ、蛭魔に足を踏まれ、まさに踏んだり蹴ったりの状態で首を横に振れる訳もなく、は先程まで蛭魔の付いていたポジションに押し込まれた。
心配そうにパンサーやバッドや、蛭魔の知人であるノリエガがを見やる。彼らが唯一の心の拠り所だ。

「―配れ」
「普通にシャッフルで良いですか…」
「好きにしろ」

通常ならディーラーが配るのであろうが、クリフォードはその役目をに投げる。
学校の休み時間にするトランプと同じようにシャッフルを3回とショットガンシャッフル2回の合計5回、それぞれに二枚ずつ手札を配って共通カードを上げる。

「レイズ、3万$」

チップを放り投げて、クリフォードが言った。
日常からおおよそかけ離れたレートの額はおもちゃか何かのようで心もとない。
変に気負う感覚が麻痺している分には唯一の救いだ。駆け引きなんてものは端から出来ない。
まるで観客の一人のように遠巻きな気分では賭けに臨む。
けれど、いくら渡されたとは言え蛭魔のチップをやすやす賭ける訳に行かない。
思案と途方に暮れるの背後から伸びた腕は、擬似コインの山を無造作にテーブルにぶちまけた。

「オールイン」
『っぇええええええ!?』
「オメーら逐一五月蝿ぇ」

蛭魔、大和、クリフォード、ドンを除いたその場の全員が声を上げる。当然だ。
片や無敗の勝負師と、片や激しく腹芸の出来なさそうな気弱な学生、ビギナーズラックを狙うにも、勝ちはあまりに遠すぎる。
片方の眉を吊り上げて顔をしかめていた蛭魔は緑の羅紗に手を置いたまま、次はニヤリと笑ってクリフォードを見据えた。

「どーする?クリフォードセンセー」
「………」

射るようなと言うよりは斬るような視線が蛭魔に注がれる。
その間に座るもついでにそのギラギラにさらされるものだからたまったものではなかった。(言うなれば自分ではなくチームメイトが監督に怒鳴られてるのを見て薄ら寒くなるあのいたたまれない感じである)
無言の応酬の後に、クリフォードもチップを滑らせた。

「し、“Show down please.”」

おきまりの台詞。
くるりと長い指が表を向かせたカードは、スペードとダイヤのエースだ。
ポーカーで一番つよい数は共通カードにも、二枚。

「―Aの4カード。お前の負けだ、レオ」

ピッ、手元に放られたカードが音もなく鎮座した。
用済みと言わんばかりに瞼を下ろしたクリフォードに、は告げる。

「ご拝見願います」
「どうあがいてもこれ以上の手はねぇ」
「“Please,Mr.”」

促されて、カードに目をやるクリフォードがまなじりを決した。の手札は赤と黒。
しん、テーブルの周りが一瞬音をなくした。

「ええっ!?」
「クリフォードと、同じ役…?」
「…!」
「ケケケケケ!どうだ、決戦前夜のデモンストレーションはよ?」

裏返しになったトランプをすべて表に変える。
途中すり替えたイカサマトランプはすべてがエースだ。
共通カード以外を、シャッフルの時に少しずつはすり替えた。

「有り難く思いやがれ。こっちの手札を直々に見せてやったんだからな」

ハンドリングや視線の逸らし方を覚えるために、が身につけたのは―手品。
これは単なる偶然だが、それを選んだのは蛭魔だ。
こんなことしてごめんなさい、は心と表情で謝罪する。

「………レオ」

ブリザード級に底冷えする声がを取り巻く。
ゆらりと首をもたげたクリフォードの眼差しが語る、―いい度胸してんじゃねぇか。
それに答えるのはやはり蛭魔だ。

「気付かなかったテメーの落ち度だろうが。覚えとけ、コイツは手癖が悪ィんだ」
「そ…そんな言い方しなくたって…!」
「ケッ、オメーには前に散々振り回されたからなぁ?」
「蛭魔くんスポーツマンシップって知ってる!?」

理不尽な理由で悪びれる様子もない蛭魔を見上げかけたところで、がしぃ!肩が掴まれる。
恐る恐る首を戻すと、それはそれは冷ややかな視線とかち合った。
金色の、ふわふわと綺麗な髪がうらやましい。
そして板挟みとはこういうことなのかと切に思った。

「レオ、この借りは倍にして返す。心残りは今晩中に無くしておくんだな」
「いや…あの、えっと、お…お構いなく…」
「ヘコヘコするなっつってんだろうが」
「すみませんでした!」

いつの間にやら目の前にまで来たクリフォードに捕獲されて、みしみしと肩が悲鳴を上げる。
なす術を全て断たれたはただただ嵐が過ぎ去るのを待った。

「おーおー勝負師サマは随分ライオンちゃんにご執心だなぁ?」
「ひひひひひひ蛭魔くんんんん!!」
「…明日を楽しみにしておけ。お前もレオも、叩きのめしてやる」
「ケケケケ!そりゃおありがてぇこって!!」

クリフォードの纏う雰囲気が下がれば下がるほどに蛭魔の笑みは深まっていく。
もうそろそろいろんな意味で明日の試合に支障を来しそうだ。主に、心が。
魂の半分抜けかかったがそこまで現実から遠ざかった瞬間に、す、と見覚えのある腕がクリフォードとの間に割ってはいる。
苦く笑って溜息を吐くのは―

「蛭魔くん、情操教育ってわかるかな」
「俺に一番必要ねー言葉です本庄理事長」
「なるほど、そうきたか」
「!!!???」

目を見開いたまま固まるの肩に置かれたままのクリフォードの手をすんなりとはがして、本庄の腕は起立を促した。スツールがくるんと回る。
支えるようにあてがわれた右手がしっかりとを捕まえた。
エスコートを心得ている本庄の優雅な仕草に翻弄される形では口を噤む―早い話が、見惚れていた訳なのだが

「盛り上がってるところを悪いんだけど、はあんまりこういうところが得意じゃないんだ。先に連れて帰るよ。蛭魔くんと大和くんも、夜遊びは程々に」
「せーぜー肝に銘じます」
「あ、あと、ペンタグラムの子たち、俺アメフト以外でに手ェ出されたら何するかわからないから気を付けてな」
「ははっ、さらっと言う事じゃないですよ!本庄氏」

日本チーム側だけで開催される言葉のやりとりが微笑ましいどころか恐ろしい。
暴力的なまでにミスマッチな蛭魔の敬語にも薄ら寒いものを感じつつ、けれどこの場から解き放たれただけでも良かったとは思った。







(休息の暇もなく持ち越し決戦)


++あとがき+++
嫁のマジックショーinカジノ。本庄さんの手にかかればペンタグラムも子供たち(爆)
初めはトランプのタワーでも作らせようかと思ったんですが、ありがちかなと考え直してまさかのイカサマ
鳩を出させるかトランプをすり替えるか、もう少し手品っぽい手品にするか悩みましたが地味にこんなことに。手癖の悪さ露呈^q^←

タイトル*ララドールさまより


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