その一線を越えるだけでいい。

纏う空気は凛と張り詰めて、そばの人間すら姿勢を正したくなるほど。
緊張感とはまた違う、どこまでも澄んだ真摯な眼差しは力強く、静かにその時を待っている。
周囲を威圧するのではなく、洗練させる不思議な空間を作り上げる。
白のスパイクが青々とした芝生を踏みしめて、蹴り上げた。
SE---T!!HUT!!、クリフォードではなく次席のポジションを担う選手のコールがフィールド内に響き渡る。
その瞬間、痛いほど雰囲気を変える横顔は何度見ても圧巻だ。

獅子が、フィールドを駆けた。


 ―ガッシャァアア!

プロテクターがぶつかり合い、たった一つ、燃えるような赤いユニフォームがフィールドに沈む。
芝生に顔を打ち付けながら、それでもボールを奪いにきたドンの片腕に抗うように重心を低く保つ背筋は、屈さない。
ゆらり、淡いブラウンの瞳の奥に、獅子と名だたるそれに相応しい闘争心が焦げ付くようだった。
ぴりぴりと毛を逆立たせるような鋭い眼差しは、しかしそれほど長くは続かない。
ふとした折にくすぶっていた炎は狭まり、厳しく眇めていたまなこも、ゆるん、と丸みを帯びて、ドンが手を差し出す頃にはすっかりと普段のに近い状態になっていた。
試合中ならいざ知らず、どうもこの獅子ときたら、緊張感を持続するためには彼女なりの要因が必要なようで
ふとした折りに勇ましい顔をしたかと思えば、今日のように眼差しから険を消してしまったりそうじゃなかったり、とにかく、24hour7daysその凛々しい顔を保つことは困難らしい。
それが面白いのではないか、とドンはえげつない顔をするが、彼女の気弱さや猫背を諫めるクリフォードにしてみれば厄介で不可解極まりないものであった。
あの落差では二重人格の噂がアメリカチーム内でまことしやかに囁かれるのも無理はないだろう。
今も、背筋こそきちんと伸ばされてはいるが、先程までとはほど遠い仕草で、眉根を寄せていた。(全く以て迫力がない)

「う、やっちゃった……」
「どうしタ?」
「…歯が少し欠けたみたいで」
「うっそ!どれ?」

ヘルメットを外して、口元を押さえるを覗き込むようにバッドが顔を近付ける。
頬に添えられた手に誘われるように、あー、と開けた口を見て、二人がかりで同じく様子をうかがっていたパンサーが声を上げた。

「わ!結構欠けてる…」
「あーあー…マウスピースはめてねえからこーいう事になんだぞ」
「ぽ…ポジション上不便でつい」
「それよかドンの圧殺力の問題だろ」
「獅子が手加減をしないものだからつい釣られてな」
「その、どうもフィールドに入るとこう、我を忘れると言うか、たがが外れると言うか…熱くなりがちで」
「ああ、それは手に取るようにわかル」

タタンカの直球な言葉に、身を潜めていた猫背も顔を出す。
すばぁん!こちらもポジション上グローブをはめないクリフォードの手がの背中を容赦なく叩いた。
しゃんとしろ、平手でそうたしなめられたは必死に背中を正す。
タイミングを計るように鳴ったタイマーに追い立てられて、残りの選手たちと入れ替わりにサイドラインを跨いでベンチへと移動した。

「うぅ…目立ちます?」
「いや?そんなに手前でもないし、喋る分にはわからないだろウ」
「口開け過ぎないように気を付けよう………ああでも見抜かれそう」

思い思いにタオルやドリンクを持って向かい合う。
冷えたボトルを片手に眉を下げたが心配するのは、恐らくユースに来賓として招かれ、自身の恋人でもある本庄理事のことだ。
ミリタリアの件とバッドの件でひしひしと感じられた溺愛っぷりを目の当たりにしたペンタグラムは瞬時にそれを理解する。
ただでさえ腹芸の出来なさそうなのごまかしなどたかが知れているだろうし、何より相手が人生経験豊富な大人であればなおさらだ。
困り果てた顔でストローをくわえるにバッドが余計な言葉を放つ。

「まあ、アレだ。あんまりディープなのはやめといた方が」
「?」
「いってきますのチュー」
「ぶぁはっ!ゲホっ、う゛ぁっ…ゴホッ、な…っ!急、に、何てことっ!」

盛大にむせかえった背中をパンサーがさする。
あからさまに動揺するは早くも涙目だ。
ユニフォームに負けず劣らず真っ赤な顔で珍しく声を荒げる。

「毎朝これ見よがしにしてんじゃねぇか」
「そっ、こ…これ見よがしになんてしてないというか朝っぱらからキスはしてないです!」
「あれ、してなかった?」
「してない!!」
「熱い抱擁は交わしてるようだがなぁ?獅子よ」
「気付いていないなら教えておくけど、2人とも案外目立ってるゾ。なあ?」
「うん、その…ウン。えぇ〜っと、結構有名、かな〜…なんて」
「〜〜〜〜〜〜!!??」

真っ赤な顔から一転して、今度は声すらなく青ざめる。
この世の終わりのような顔と言っても良さそうだ。
頻繁に顔を合わせるようになってから気付いたが、は情けない顔や打ちひしがれたりする表情のレパートリーが豊富である。
その顔を両手で覆ってしゃがみ込むと蚊の鳴くような声が上がった。

「だっ……て!日中はなかなか、会 えな、いんですもん…………!」
「まあ、互いに忙しかろう」

片膝をついて同じような目線でもっともらしくそう囁いたドンの大きな掌がの頭を撫でる。
それがドンなりの謝罪なのだとクリフォードは感じた。

かたやチームジャパンのレギュラーメンバー、かたや大会の来賓として招かれた理事であれば、スケジュールはひっきりなしに埋まっていく。
特にそれが、のペンタグラムを筆頭にチームアメリカとの練習であったり、本庄理事のモーガンや、ドンの父である大統領との面談も含まれているとなればその気持ちを汲んではやりたい気もしないでもないのだが、だからと言って、どちらかを削る気などは彼らにはさらさらないのだった。







(結局二秒でバレたらしい。何があったかは彼女の若干青い顔から押して計るべし)


++あとがき+++
久々の嫁ミーツ星組。本庄さんに隠し事なんて80年早いの巻
嫁が何でアメリカチームに混ざってるかどうかとかは菱の十八番のねつ造でry
嫁のドSモード持続期間は意外とマチマチ。
試合では一試合中ずっと続くけど練習とかはその時によってへたれたりそうじゃなかったりします。気の持ちようです。
試合中の描写は難しい…
嫁は眉下がりな情けない顔、余談ながらワイフは眉間にしわの寄った青ざめた顔のレパートリーが豊富^q^

タイトル*ララドールさまより


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