□■天宅「Xの定義」さまより、夢主クロノスちゃんとのコラボレーションなお話です■□

世間一般の恋人同士から見れば、とドンができるそれらしいことは意外に少ない。
街中で手を繋いだり腕を組んだりすることは、ドンの“らしさ”にそぐわないようで嫌だったし、体格が違いすぎるので膝枕をすることも容易ではなかった。
しようと思えば出来ないことなどこの世にはないだろうが、おおよそだらしないことやみっともないことが嫌いなのもドンとのスタンスであり、だからこそドンの爪の手入れは数少ない恋人らしい振る舞いでもある。
色持ちに関わらず二日に一回、必ず色を落として爪の状態を確認するので、何時の間にやら随分慣れたものだ。
ドンは元々爪が丈夫な方だけれど、念のためにケアオイルでマッサージから始めて、それが終わってからようやくネイルファイルで形を整える。
小さなヒビは専用のグルーとパウダーを使って補強をしておいて、除光液で油分を取ってからベースを一回、ネイルラッカーとトップコートは二度塗りをするほうが良いと決めたのは色々試した結果だ。
筆も付属ではなくて柄の長いものを手入れして使う。
計五回の色付け行程の度にドライオイルを使うのでいちいち乾かす時間も要らないし、最後にはまた別の速乾性スプレーをかければそれで終わりだ。いつもならば。

「ん」
「どうした」
「スプレーちょっと足りないかも」

一つのソファーに差し向かいで座って、変わらない手順を踏んでいたは顔をしかめた
軽いスチール缶を振ってみれば、言葉に違わずやはり足りない。
右手だけの量しか残っていなさそうだ。

「あぁ…ごめん、ストックも切れてる。どうしよう、氷水貰って来ようか?」
「いや、構わん。乾くまで暇をつぶす」
「暇つぶすったって片手がふさがってちゃ…うぉああ!?」

ひょい、と軽々の左足が浮く。
座ったまま上手くバランスが取れずに、奇妙な角度でホールドをかけられたせいで普段使う必要のない筋肉が酷使される、足の付け根が悲鳴を上げた。
後ろ手に肘をついて背もたれに半ばめり込む勢いでもたれ掛かりながらはなんとか持ちこたえる。

「ちょっと、ドン!なに!?」
「暇つぶしだ」
「暇つぶしが私か!?ホントいい加減にしろ!痛い痛い足がつる!!」

横暴!知ってたけど!天井に向かってそう怒鳴るとくつくつとドンが喉を震わせて笑った。
いつの間にかのついさっきまで使っていたマニキュアを手に持っている。
スプレーをかけた方の手で器用にシューズとソックスを剥ぎ取ってジャージの裾をたくし上げると土踏まずのあたりを反対の手が掴んだ。

「足になら問題はあるまいな?」
「…問題ないけどもうそろそろ股関節の限界が近いから体勢変えさせて足もげる」

長座体前屈で異例の測定不可能を取った人間の身にもなってほしい。世界中に自分と同じレベルをドンが求めるのは軽く人権侵害だ。
ブルブルと肩を震わせながらそう告げると、ドンは今度こそ声を上げて笑った。笑う前に足離せこの野郎!!
親しみと殺意を込めた眼差しで睨みつけるとふい、と足を下げられた。
相変わらず足を掴んだままの手のひらの高度が下がり、低いところに落ち着く。
目線より下にドンの刺青が見えた。
なんだこの体勢。

「…いやいやいやいや」

ひくりと引きつる頬を隠さずに掴まれた方の足を可能な限り持ち上げる。
持ち上げようとした矢先にドンの手が足首に移動してそれを妨害した。
ちょっと勘弁しろそんな趣味ねぇよ。
辟易するに構いもせず、ドンはの足元のごく近い所に片膝を付いたままマニキュアのハケを滑らせた。
つまりは動くに動けなくなったわけで。

「人来たらどうすんの!」
「取り込み中だと」
「取り込んでたまるか!!こんな状況でっ!」
「ならば大人しくしていろ、Dear.早く済ませねば人が来るだろう?」
「おまっ…どの口が…!ほんとない!!」
「褒め言葉だ」

額に手をやって唸るを涼しい顔で受け流して、ドンの唇が弧を描いた。
自身の乾ききっていない爪をものともせずにすらすらと筆を塗る姿は非常にの精神に優しくない。
かの有名なアーノルド・オバーマン大統領の一人息子を、自主的とは言え跪かせるなんて世に露呈した日には!

、足を変えろ」

そんなの心境に構いもせず、ドンは愉快そうにそう言って先程と同じように裾に手をかけた。
仕草で足を組めと請われて、はそれが塗りやすい位置を探しているとは分かりながらますます背筋を凍らせる。
もう見た感じ確実に週刊誌が喜びそうだ。
掌の逞しさとは似つかないほど優雅な所作で塗られた黒ははみ出すことなく綺麗にの足の爪に収まっていく。

そして最後の一本に差し掛かろうかというときに、の危惧していた事が、現実に変わった。

こんこん、

「お邪魔しまー、す…………………」

行儀の良いノックの後に、恐る恐る扉が開く。
ひょこんと顔を出したのはクリフォード始めペンタグラムが申し訳ないぐらいちょっかいをかけている日本チームの女の子だった。
くりくりとした目と笑顔の可愛らしい彼女の、今の表情は驚愕と恐怖フィフティフィフティ。
恐らくは涼しい顔で彼女を見やるドンと、固まったまま動かないを見やった綺麗な瞳が退路を思案するようにひゅっと動いた。そして彼女自身も。

―バタァアン!!!!

すさまじい勢いで閉まった扉の音に重なってコンクリートを蹴り上げる音が俊速で遠ざかっていく。
何事もなかったようにマニキュアのボトルを閉めるドンの傍らで、は今度こそ頭を抱えた。

「最悪だ…絶対勘違いされた。あの目は絶対怯えてた。アメリカチームって変人の集まりだって思われた」
「なに、クロノスならばそう被害は出るまい」
「体裁があるでしょうがクリフォードのぉおおおぉお!!」
「クリフォードなら上手くやるさ」
「クリフォードはそうかもしれないけどこの所為クロノスちゃんに変な目で見られて上手く行かなくなったらどうすんの!?結構本気っぽいのに!てか王子の事を差し引いてもあの光景はいたいけな女の子にはトラウマでしょうが!!!」
「お前は本当に…筋金入りだな」

オカンか。呆れたように呟くドンのマフラーを引っ付かんで拳を振り上げたところで、再びクリフォード達と共に(おそらく勇気を振り絞って)やってきた彼女が再び青ざめたのは言うまでもない。










(「だって初対面でドン跪かせて二回目で胸ぐら掴んでたら誰だっておっそろしい人だと思うよワイフ」
「色々不可抗力だったんだよあの時は…!」)


++あとがき+++
と言うわけでワイフとクロノスちゃんのはじめまして種明かし編でしたっ!
ドンの爪をワイフが手入れしてるっていうのはずっと書きたかったので、念願かなってしかもクロノスちゃんとコラボで楽しかった…!
ワイフ視点なので最後にしか絡めなかったけどもっと色んな話書きたいな!
ちなみにこの後クロノスちゃんのお爪は無事修復されました^q^
天、こんな感じで始まったクロノスちゃんとワイフだけどこれからもよろしくね!

天の素敵なサイトはこちらから! Xの定義

タイトル*流星雨さまより


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