べったり。

隙間なく背中を埋め尽くす体温と少しの閉塞感。
拘束、と言うと多少の語弊があるが、今の状況はそれに近い。
逞しいフットボーラー一人に、夏の日の大木またはオーストラリアのユーカリ宜しく背中に貼り付かれるのはそれなりにアレだ。
貼り付いているのが子共ならまだしも、大のワイルドハリウッドとなれば、ひとしおに。

「デカいガキも居たものだ」
はよく我慢してるナ」
「日本に居たよねあんな妖怪…」
「………変態かアイツ」

口々にため息を吐いた四人の英雄がベンチに腰掛ける。
一気に精彩を増した空間に(ある意味)負けず劣らず濃ゆい、バッドとの醸し出す光景で、通りすがるチームメイトはひたすら眼を丸くした。(当然だ。真面目にデータ編集に勤しむに半ば負ぶさるような形で抱き付いて、バッドはその肩に顎を乗せている)
心から辟易した気色を見せるとは対照的に、バッドはさも当然であるように彼女の行動範囲を狭めていた。…気の毒ナ、タタンカがぼそりと呟いた。

「―?」
「…!」

ベンチから数ヤード離れたところで、とバッドは佇んでいる。
風に乗ってかすかに聞こえた二人の声が、四人の耳を掠める刹那、ゴッ!鈍い音が鼓膜を揺らした。(瞬きの後に、それはがバッドの顎に頭突きをした音だったと判明する)
憤懣やるかたない仕草でこちらへ―ベンチ側へと足を進めるが三歩と動かない内に、また、バッドは性懲りもなく彼女の左手に指を絡ませた。うぜぇ…、今度はクリフォードの言葉。

「だから、仕事中はひっつくなって言ってる!」
「無理、今の内に三週間分貯めとかないと俺お仕事に専念できない」
「〜っ、ああもう!」

繋いだ左手をバッドの右手が引き寄せてまたしてもべったり密着、フィールドの影が一つに纏まった。
がしがしと空いた右手で頭をかきむしりながらが嘆く。
『仕事』、バッドがそう称する俳優業の、妨げになることを彼女は殊更嫌うのだ。
例えその理由が子供のわがままのようなものだとしても、はいつものように強く出れない。
根が生真面目な分、彼女なりの線引きがあるのだろう。想像に難くない事実だ。

「ああ…さん目に見えてうんざりしてる…」
「奴の悪い癖にも困ったものだな」
「いい加減くたばれば良い」
「…クリフォード、それは…少し言い過ぎダ」

三週間分―、その具体的な数字が表すのは、バッドの俳優業の長期撮影の日数。
ユース大会閉幕と同時に、長期の仕事が入ったワイルドハリウッドは、散々オファーを渋ったあげく強硬手段に出たのだった。

『会えない分を、今の内に少しでも補う』

屁理屈のような訳の分からない、ある種バッドらしい言い分だ、そうドンは語る。
具体的な方法は、見ての通り『異様なまでにひっつく』ということだった訳だ。
―まぁいくら四六時中抱き付いたとしても足りないんだけど、しれっと涼しい顔でバッドはそう笑うけれども。
重度のホームシックに近しいものとでも言うか、とにかくそんな状況にある彼なのであった。
活き活きしているバッドと、反対にイライラしっぱなしの、二人の綱渡り的な関係を何とも言えない心地で見守る。
今にもの鉄拳が火を噴きそうでパンサーは目をそらしたくなった。
(顔を避ける配慮こそ優しさだが、その完成度や精度の高い右ストレートは圧巻である)

「もうっ!」

ベンチに座りかけたを、エスコートするようにバッドが引き止める。
先に自ら腰掛けて、その上に改めて彼女を抱え上げた。なんというかもう、目も当てられない。今にも卒倒しそう、が。
半ば自棄っぱちに、バッドの膝に腰を据えた彼女の全身が語っていた、コイツがハリウッドスターでなければ二、三発顔面殴ってやるのに、的確に鼻の辺りを。淡く儚い幻想だ。
苛立たしげに足を組んで、深い溜め息をが吐く。
それでも決してバッドを蔑ろにしない、理由は聞くだけ野暮というものだ。

「そ、そんなに離れ難いなら断ればいいのに…」
「断ろうとしたらに叱られたんだよ、パンサー」
「仮にもプロが、そんなナマ言って通用するほど世間は甘くないのよ馬鹿!信用問題でしょうが!」
「俺のそういうトコが好き」
『“Shame on you!”(恥を知れ)』
「…救いがたイ」
「今更だと思わんか?」

とてつもなく良い笑顔で微笑んだバッドにとクリフォード、二人の声が重なり合う。
タタンカには、バッドとの間に心の壁が見えた。(サーモスコープでも用いた日には見事な温度差が見えるに違いない)
結局その後のミニゲーム以外のすべての時間を、バッドはとの“スキンシップ貯金”に費やしたのだった。

          * * *


ざくり、レタスの葉を千切って包丁を入れる。
サラダボウルを出し忘れて、戸棚を振り返る、振り返ろうとして、バッドの爪先がの踵を掠めた。

「う、わあ!」
「おっと」

躓いたを難なく支えて、バッドの腕一本の力が傾いだ体勢を戻す。
の借りる学生寮とは違い、バッドの家のキッチンは無駄に広々としたスペースを保ってはいるが、この小回りの利かない状態は輪をかけてストレスフルだ。歩き辛い。
それでなくても、刃物や火を使うというのに。
ぐるりと肩越しに振り返って目を合わせたに、なに?バッドが首を傾げた。

「あのね、料理の時は離れ…尻を撫でるなっ指を落とされたいか!?」
「んー…」

ぎゃあ!全身に粟立つものを感じて、くつくつと喉を鳴らすバッドの腕から身をよじる。
調子に乗って服の裾から手を差し入れて背中を撫で始めたバッドの、足の甲を思い切り踏んづけてやったが、懲りないのだ。当然ながらこの男は!
本当にもうそろそろ刺してやろうかこのハリウッド…、物騒な方へと転び始めたの指先を、遥かに上回る大きな手指が握り締めた。

「なに、」
「いや?別に」
「なら離して」
「お断り」
「…小指と親指、なくなって困るのはどっち?」
「それはどっちも困るなぁ」

純然たる殺意の湧き始めたを見やって、バッドはけろりとそう嘯く。
くすり、笑った声がそのまま顎のあたりに落ちてきて、そのまま口の端にも当たる。
ちゅ、リップノイズをわざとらしく立てるのはバッドの癖だ。…遊んでる。コイツ100%遊んでる。
そう、今更改めてそれを確認し(てしまっ)たは、ふつり、頭の中で何かが切れる音を聞いた。
(もう容赦しねぇぞこのやろう今は選手とかそんなもん関係ねぇ!馬鹿!!知ってたけど!)

「?…っ!?」

肩を胸板に押し付けて、抱きしめられた腕はあえてほどかない。
ぐいーっ!全身渾身の力を振り絞ってバッドをキッチンスペースからリビングへ
と押し出すと、そのままソファーの方へと彼を巻き込んだままは自身の体を投げ出した。
さしものアメリカンフットボールプレイヤーと言えど、不意にダイブしてきた勢いには勝てず、不安定な足元がぐらりとゆらぐ。
どさっ!背中から沈んだ体躯が身を起こすより早く、そのマウントポジションをが押さえこんだ。
胸倉を掴んでにこりと微笑んでやる。

「バ、ァ―――ッド?流石に怒ったわよわたし」

呆気に取られているワイルドハリウッドを余所にの腕には筋も露わに力が籠められた。(今日から出来る護身術テクニックはMr.ドン仕込み)
ど厚い体に馬乗りになって、立ち位置を取られないように腹筋を据える。
切れ長の目をぱっちりと見開いたバッドを見下ろして、すぅ、の左手が牙を剥いた。

「あっ!?ちょ、っ待っ…ぶわはははははははっ!!なっ、オイ、や、やめてって!」
「黙らっしゃい!このお馬鹿!」
「ごめんごめん俺が悪かったってマジで勘弁して―――!!!」

絶叫、のち爆笑。いかにペンタグラムと呼ばれていようとも、一般にくすぐりに弱いとされる脇腹は、その屈強さも甲斐なく存分に弱点だということをは知っている。
身をよじろうとするバッドを辛々の所で封じ込めて、追及の手は決して緩めてなんかやらない。(ドンの護身術の凄さを傍らで思い知りながら)
バッドが騒ぐにつれてぎしぎしと次第に軋むソファーの悲鳴を背に、の報復はハリウッドスター抜群の声量が嗄れるまで続いた。



に関しては


です。



(「そんな安い愛情かけてないし受けてないわよバッキャロー!!」)


++あとがき+++
バッドは絶対スキンシップ貯金をすると思う
会えなかった分の充電ではなくこれから会えない分の先払い(笑)
長期撮影前のバッド×ワイフはちょっとした戦争
仕事を盾に取られるとワイフは弱い。し、離れたくないって思われるのが嫌なわけではない。けど、鬱陶しい(←)のですごくツンツン
この場合一番気を使うのはパンサー。イライラしっぱなしのワイフにひやひやしてる^q^

タイトル*流星雨さまより


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