※ 312th down「新世代へ」ネタバレ注意

果たして、自分は殺人現場に足を踏み入れてしまったのだろうか?

ミーティングルームに足を踏み入れた瞬間飛び込んできた光景に、タタンカはただただその頬を強ばらせた。
、彼女の定位置とも言えるホワイトボードの一番近く、ノートパソコンを繋ぐにも最適な席。
そこに座るのは彼女だけであると、暗黙の了解のようになっているまさにその席にはいた。

そう、それだけならなんら問題はない。
いつものように、彼女の居る日常に入り込む、ただそれだけだ。
後ろに続いていたバッドとパンサーが、タタンカ?怪訝そうにそう呟く。
内開きのドアを全開まで開け放って、タタンカは後ろの二人にその現状を曝した。(そして息を呑む声が、ふたつ)

倒れたマグから、ほんの少しだけ残っていたのであろう、黒に近いコーヒーがテーブルに飛び出してぽた…床に垂れる。
カップを引き倒してしまったのであろうその左手は、だらりと力無く傍らに横たわり、緩く握りかけの拳がいかにもそれっぽい。
右の腕はキーボードに多い被さるように、形だけをみれば居眠りの体勢によく似ていたが、千々に乱れる髪が勢いに任せて波紋を呼んだ。(何より職務や使命に一際拘る彼女が居眠りをする姿などそうそうお目にかかれるものではない。一度はクリフォードを巻き込んでの大騒動であったが)
青白い液晶の光が、の姿を不健康な色に写し出す。
チチ、ハードディスクが音を立てて呻りをあげた。

かくしてにわか殺人現場と化しているミーティングルームの奥から、不意に足音。
事も無げに姿を現したのはクリフォードだ。
死ぬほど似合わないダスターを片手に出てきた彼は、ぁあ?と相変わらずの仕草で目を細める。

「大の男が三人も何突っ立ってんだ、鬱陶しい」
「い、イヤイヤイヤクリフォード!!そうでなくてさっ」
「なにこの状況?なんではこんな明らかに毒殺されたみたいな事になってんの」
「…救急車呼ぶか?」
「うぜぇ…」

今ひとつ疎通が出来ないままに、クリフォードがテーブルに零れたコーヒーを拭う。(何度でも言うが似合わない)
横たわるマグをぞんざいに拭って、机の端へと押しやりながら、さっさと扉を閉めろ、王子は黙って背中で語る。
とにかくこの状況を纏めるべく、三人はクリフォードの無言の要求に従った。

「騒ぐな、寝てるだけだ」
「…こんな特異な状況下でか?」
「青っちろい顔で無駄に意地張って生意気言いやがったからコーヒーに盛った

しれっと涼しい顔で、ポケットからクリフォードが取り出したのは“soporific”のラベルが貼ってある小瓶。

soporific=平たく言うところの、睡眠薬。

コン、机上に置かれた茶色い瓶に三点の視線が集中する。
静寂。それは後の混乱への布石だ。

「盛・る・な―――――!」

がしぃ!クリフォードの肩を掴んでバッドが叫ぶ。
(平素ならばのポジションだが、その彼女は今頃夢の国でお花たちとでも戯れているところだろう。)
なにこの子マジでこれが噂のヤンデレ!?バッドは少しだけの気苦労を知った。

「いくら何でもやりすぎだ…!」
「何度言っても聞かないコイツが悪い」
「手加減したげて!」
「俺の知ったことか」
「おまっ、クリフォードぉおおお!!」

三人のチームメイトに詰め寄られても、クリフォードは頑として己の非を認めない。
ここにMr.ドンが居ないことが、せめてもの救いだろうか、そんな事を考えてパンサーはぞっとした。
散々場をパニックに陥れたクリフォードの、氷のようなテンションに触発されてようやく三人がクールダウンする頃、さらり、黒髪が一筋その肩から垂れた。
少しの身じろぎを落としたを見て、クリフォードが上着を脱ぐ。
の長めの前髪が額を滑り落ちた。

「………!」
「顔色わるっ!」
「さ、最近特に忙しそうだったから疲れてたのかな…!?」

沈むように眠る姿は、お世辞にも健康体、とは言い難い。
下睫毛に隠れてうっすらと、隈が目元を縁取っていた。
普段はこうなる前に大抵ドンが無理やくたに早退させるなりなんなりさせるのだが、今この場に居ない彼に、それを求めることは出来ない。(ドンの名誉のために付け加えるのならば今の不在はれっきとした公欠だ)

彼に出来ない事は、残念ながらペンタグラムの誰にも出来ない事を意味するのだ。

over work、その八文字を脳裏が掠めた。

「…アホが」

チッ、舌打ちをひとつ落として、クリフォードがをなじる。(しかしガボガボのジャケットに埋めるように包んだ彼女をソファーに運ぶその手や、前髪を払う指先は決してぞんざいではなかった。)
額を包む掌が憤る。苛立ちを隠さない眦が、きゅう、と引き締められた。

一服盛るというなんとも穏やかでない強硬手段に出たものの、それを一番厭っているのは他でもないクリフォード自身だ。
から全幅の信頼を寄せられるドン以外の、誰にも成し得ないその壁にクリフォードは憤る。

もう一年半以上の月日をMr.ドンとルームシェアリングをして共に過ごすだ。
何をするにも根底にあるのは、彼の存在。互いに選手とサポーターとして唯一無二の関係を築く二人の過去を誰も聞いたことはない。
ただそれでも目に見えては、ドンを尊んでいる。それは容易にわかる事実だ。
友人以上恋人以上、親愛だの恋だの愛だのそんなステージを超えたところに在ると言っても良い。
の過去や本質に、一番近い理解を示すのはドンで、二人にあるのは容易くは切れない強固な絆だ。

恋人にしてみたらそれは確かに面白くないよなぁ…、クリフォードの、その鬱々とした感情の正体を垣間見たバッドがぼそりと呟く。

「…妬いてる?」
「絞め殺すぞ」
「うっわ怒んなって!」

的確に首を狙いにきた右手をかいくぐってバッドがクリフォードを避ける。
両手を上げたバッドを見やって、ハン、鼻を鳴らしたクリフォードはくるり、きびすを返した。

「クリフォード?」
「…連れて帰る」

パンサーの呼びかけにも振り返らずに歩みを進めて携帯を耳に押し当てると二言三言で直ぐに通話を切った。本当に帰る気らしい。

「そそそそそんな、Mr.ドンになんて伝えれば………」
「“一泊二日のテイクアウト”とでも言っとけ」
「本気で!?」

ぽかんとしている年下組を後目に、クリフォードはを(予想を裏切らすに)プリンセスホールドで抱え上げた。
左の肩にはのトートバッグをいつの間にやら携えて、視線で、開けろ、バッドに命じる。
ドアボーイの気分で扉を引いたバッドに見送られる背中は一度も振り返らなかった。



お伝えください



(愛しのKittyは預かった、と)


++あとがき+++
THE☆gdgd(爆)
クリフォード×ワイフ前提でのMr.ドンとワイフの無駄にべったりな関係に王子が嫉妬とか書きたかったはずなのにだのに何故一服盛ってしまったのですか王子←おま…
恋人設定でないときもMr.ドンとワイフは友達以上恋人以上な関係を築き上げてるってこととかも書きたかった。<不完全燃焼
バッドのおにいはクリフォードの嫉妬心がいつか爆発するのではないかと密かにハラハラ。
あの二人の仲にそんな艶っぽい心配する必要ないのに…とか思ってても中々言えないハリウッドなのでした。
そして菱はクリフォードをどこまで焼き餅プンプン王子にするつもりなんだろう(爆)
今まで書いた王子夢って全部嫉妬系だ。3〜4話しかないけど(殴)

タイトル*ララドールさまより


MENU