『身長要180p、経験・未経験問わず』


随分と大ざっぱな募集要項が書き込まれたポスターは(恐らく、床から約180pの距離を保って)壁に貼りつけられていた。
でも少し見上げなければならないほどの位置は、おおよそ求人の意図が見受けられない気がしないでもないのだが、遊園地のジェットコースターのように身長制限があるのは何故なのだろう。
花束に入れてもらいたい花を選定していた意識を軒並みそちらへと移動させては思った。
いくらアメリカでも、そうそう180pのお花屋さん志願の人は見つからなさそうだな、とか日本の知人ならば、大和や筧くんや健吾に大平くんと大西くん、高見さんに桜庭に大田原さん、鏡堂さんもそうだ、あとは瀧くんと鉄馬くんと牛島さんと…
思いつく限り次々と挙げていって、ついには頭の中の店内がぎゅうぎゅうになりかけたところでの意識は店先に舞い戻った。
あぶないあぶない、もう少しで満員電車もびっくりなお店が出来上がるところだった。
所狭しとすし詰めになった状態をリアルに想像して二の腕をさする。すこし人口密度がアレなことになりそうだった。
勝手に拝借してしまった友人達に心の中で謝りながら、は当初の目的に帰る。花を買いに来たのだ。
軒先から店内へとつま先の向きを変える。変えようとしてごく近いところに人が居るのに気付いた。
すっかり自分の世界に入っていたのだろうか、不意な出来事に身じろいだの肩に、がっしりと手が掛かる。

「えっ!?あ、あの…」
「君身長いくつ?」
「し、しんちょう…?は、えぇと、ひゃ、180ぐらい…?」

両肩を掴まれて、まじまじと覗き込んでくるのは、サングラスをかけたより少しばかり大きな男の人だ。
威圧的というよりは親しみのある雰囲気を持った、どことなく本庄さんを彷彿させるその人は『180』という数値を聞いて惜しげもない笑顔や感激をその顔に浮かべる。
すっ、一旦右手でサングラスを外すと、彼は改めて微笑んだ。

「花好きかな?家はこの近く?」
「ひ、人並みにはすきです。家…は、通りを挟んだ二本向こうに…」
「そっか、なら良かった。君さ、ここの花屋でアルバイトしてみない?」

小さな子供に言って聞かせるように首を傾げて、ウインクをひとつ。
見た目的には『手と手を取り合う』ような形で、の両手は色の白い手にすっかり包まれた。
とりあえず話は中で、と足を進める長い足に引っ張られるように、もゆったりと高さをもったドアをくぐって店の中へ。
(―本庄さんごめんなさい、日本を発つ前あれほど意思表示はしっかりするようにと言われていましたが、その約束を破ることになりそうです…)

花を扱う店独特のひんやりした空気に囲まれたスペースは広く、コンクリートを打つ足音が高い天井によく響いた。
入り口の両側から色鮮やかな花が壁を取り囲むように並んでいる。
入って右側にはバケツに切り花が、左側には鉢植えを置いた棚があり、真ん中の通路は一直線に作業台へと続いていた。
レジスターを端に置いて、ほとんどのスペースはがらんと空いた机の前には、人影。

―背の高い、人だ。
も一般からはそれなりに離れた体格をしているが、それ以上にたくましい。
人を見上げる事があまりなかったには一番の衝撃。
その衝撃に次いで、真っ黒なエプロンをかけた人、がそう認識をするのと同じくして、すこーん!目に目留まらぬ早さの何かが、をいまだに引っ張ったままの彼の額に綺麗に決まった。

「いって!何すんだよタタンカ!」
「それはこっちの台詞だこの悪徳キャッチセールスもどきが。お客様になんてことを…」
「ちょ、待って待って待って!コワイ!ほら、あの子もびっくりしてるし!」
「よし、バッド。歯を食いしばれ」
「俺の話って聞いてるかな顔はやめて!!」

顔の高さまで拳を持ち上げて、“タタンカ”と呼ばれた男性が“バッド”を見据える。
タタンカが、置いてきぼりにされた感満載のを見つけるのが遅れていたら確実にバッドの悲鳴が響いていた事だろう。

「申し訳ない。この残念な男が大変失礼を…」
「い、いえいえ、そんな」

足元に転がった青色のリボンを拾い上げて差し出す。(先程投げられたのがこれだろう)(のちにそのリボンは店内で一番幅の広くとってある―つまりは最も大きなダメージを与えられるものだと判明する)
頭一つ分以上の差を有するタタンカを見上げると、はたと彼が目を見張った。バッドが得意げに笑う。

「こんな超優良物件は中々お目にかかれないぜ?タタンカ」
「そうだな、お前が非常識な真似をしなければあくまでもまっとうな手順で話ができたのに、―ああ、どうもありがとう」

チクチクといばらのようにトゲをもった声が打って変わって優しいものに変わる。
苦笑いを伴って、タタンカはからリボンを受け取った。

「いきなり驚かせてしまってすまなかった。最近人手が足りないって話をしていた所だったものだから」
「あの、表の求人の身長制限は…?」
「タタンカのサイズに合わせた棚とか家具に手が届くボーダーラインが180pなんだよ」
「この店は天井も高いから、中々背が低い人だと続かないことが多くて」

二人につられるように店内を見渡すと、なるほど、リボンや薄布を通した棒や備え付けの棚、ホワイトボードに至るまでが高いところにかかっている。
にとっては中々快適そうだが、普通の人であれば少し不便そうだ。

「だから身長の高いアルバイトの子をたびたび俺が紹介してるワケ」
「誰ひとりとして一週間以上続かなかったがな」
「だからそれはさ…!」

隣り合うバッドを見下ろして、ふん、とタタンカが鼻白む。
バッドの弁解を聞くよりも早く、遮るように電子音が響いた。
失礼、一言断ってから、タタンカはコードレスの受話器を耳に当てる。
こちらに背を向けて、褐色の指がホワイトボードを確認するのを横目に、バッドがちょいちょい、と内緒話の仕草をした。少し間を詰める。

「ああ見えて結構大変そうなんだ。最近ずっと疲れてるみたいだし、ホントなら普段はもっとおっかねーんだぜ?いや、悪い意味じゃねぇんだけど」

こそこそと話すバッドは、困った風に眉を下げた。
窺うように、を見やる。

もし、ほんとに良かったら、ここが嫌じゃなかったら―念を入れた前置きの後にバッドは小さく呟いた。
電話を切ったタタンカが振り返る。



錠前に斧



(「あの、平日は二時まで学校があるので、そのあとになってしまうんですが、それでも大丈夫ですか?」
「…!」
「えっ!学生!?えぇと、あ、そういえばまだ名前聞いてない!」
「………バッド」)


++あとがき+++
お花屋さんパロようやく始めました。
初回はやっぱりバッドさんが出張る不思議。
導入編を終えていろんな話を書きたいな!
まず目先の目標はペンタグラム全員コンプ!!
追々日本のキャラも出せたらいいな!早速本庄さんが出張ったけど(爆)

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