しゅる、真っ黒のコットン素材の布が、擦れあって特有の音を立てる。
首にかけるタイプではなく、背中で交差させてリングに通すタイプの肩紐は細く、の背後から時折揺らめいて、店の大鏡に映った。
着付けをするように慣れた手つきで紐の長さを調節する、店長の掌は大きい。

「開店は朝の九時半から、夜は一応九時まで営業。休みは毎月不定休でイベントシーズン以外は大体7〜8日。三ヶ月前には日にちを出すようにしておくよ。そんなに多くはないけれど、パーティーやコンサート会場の飾り付けで半日空けることもあるかな。配達は請け負ってくれてる友人がいるけど、近くだったらお願いするかもしれないからそれだけ覚えておいて」
「はい」

やはり花束を作ることを思えばだいぶと簡単な作業なのだろうか、鏡と手元を交互に見やりながら、同時進行でお店のシステムの説明までをこなす姿は滞りがなかった。
とりあえず、と研修中用に差し出された店長の予備のエプロンを開封して五分足らずで、貸してごらんと苦笑いをこぼされてしまったとしては致命的に恥ずかしい。
(多分店長の顔を見るに、ものすごく出来の悪い子みたいだったんだろうな、取りあえず背筋を伸ばすことから始めようかと―笑いをこらえる方で―震える声をかけられた時にはもうどうしようかと…)

「平日は学校が終わってから…取りあえず二時半ぐらいで構わないかな?あと大体何時ぐらいまで入れる?」
「家が近いので、何時でも大丈夫です。こっちに来てからはずっと一人暮らしで、ちょうどもうそろそろアルバイトを始めたいと思っていたので、学校のほうも、日本の高校で取った単位をほとんどそのまま認定をもらったから、あんまり忙しくなくて」
「それなら、ひとまず二週間ぐらいを研修期間に当てて、出来るだけ沢山入ってもらうことにしよう。そのあと様子を見てシフトの調整で。週末は忙しいからこれも保留かな…あと、給与は今まで口座振り込みにしてたんだが、持ってる?」
「学校用にひとつあります」
「なら、そっちに入れるよ。あとで紙を渡すから、必要事項を記入して、今月中に。細かい仕事の内容は少しずつ説明するから…とりあえずは動きやすい格好で、汚れやすいから髪も纏めてもらった方がいいかな。あと香水の類は使わないで欲しい、と、よし、できた」

きゅっと小気味よい音がして、整えるように店長の掌がぱたぱたとエプロンの布地を撫でた。
の肩越しに姿見を覗き込んで、少し眉を下げる。

「丈はまだともかく胴回りが大きすぎたな…」

不自然に開いた布との間が心許なくへろんと揺れた。
“これは確かに着づらそうだ”と言ってくすりと笑う。
一度結んだ所をほどいて、今度はもう少ししっかりめに蝶結びをしてから、これを結ぶときは手伝おう、店長はそう呟いた。

「これからよろしく、
「よろしくお願いします」

差し出された右手に自分の右手を重ねる。
嵐のような勧誘の翌日、こうしてのアルバイトは始まった。



約束の行方



(見た目に違わず大きな手にちょっぴり感動)


++あとがき+++
とりあえずお揃いのエプロンは外せないイベントと言うことで
紐調節タイプってなかなか一人では着にくい素敵なデザインですよね(にこ!)
早速タタンカ店長の面倒見よさ発揮
二人で黒エプロンはあはあ(*´д`*)

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