※ 318th down「COUNT DOWN13」ネタバレ注意
見渡す限りの人、打ち上げられる花火、忙しなくたかれるフラッシュに、相応の喧騒。
ステップを降り立つ最後の選手を横目で追って、きょろり、バッドは辺りを見渡す。
相変わらず黒のタンクトップという寒々しい格好のパンサーと真反対にファーをふさふささせたジャケットのクリフォード、歓声にも我関せずと言った顔のタタンカ、悠々と歩くドンと黒服の人…、一人足りない。
黒服の人が、ではなく、ドンの傍らに居るべき黒髪の人が、だ。
パンサー、クリフォード、タタンカ、ドン、もう一度見渡しても、やはり居ない。
沈黙を貫くステップを振り返って、バッドは再びそれに足を乗せた。
広い車内を最後尾まで確認するまでもなく、バッドはそのシートのひとつに一人くつろぐを見つけた。
「おーい、ワイフ!降りねぇの?」
肘おきに頬杖をついてバインダーを覗き込むがゆるりと瞬きをする。
バッドの呼びかけにも、さして驚きもせず、慌てず騒がず言葉を紡いだ。
「降りますよお、このお祭り騒ぎの収拾がついたらね。荷物のチェックした後で行くからお先にどーぞ。出来れば速やかに会場に入ってほしいな」
「あの………なんかワイフ機嫌悪くない?」
「アレの所為だろ」
ドンの傍らの違和感に気付いたのだろう、パンサーやクリフォードやタタンカも、バスの入り口へと引き返してきた。
恐々とを覗き見るパンサーに、クリフォードが指し示したのはひしめく雑踏。
頭上にクエスチョンマークを浮かべる黒豹に今度はタタンカが囁いた。
「ドンに会うまでは人混み嫌いの頭に超が付くインドア主義だったらしい」
「えっ!あのワイフが!?」
「えぇーっと…なんて言うんだっけ“引きこもり”?」
「バッド、殺すぞ。タタンカも、そんなこといちいちパンサーに吹き込まないのよ」
“引きこもり”の部分だけを日本語で正しく発音したバッドに、の鋭い声。
出入り口のすぐ近く、段差になったギリギリ車内の境界線に足を進めて、はあ、と溜め息を吐く彼女は依然としてバスを降りる気配がない。
「、降りてこい。人見知りのお前がエスコートなしでこの中を歩けるのか?」
やれやれと言わんばかりにドンが苦笑う。
皮肉っぽい物言いに眉を寄せたものの、やはりは頑なだ。
いつもならばドンに逆らわない(抵抗こそすれ最終的にはそうなる)彼女は静かに目を伏せた。
「うるさいな、いいから先に行ってってば。私にも事情って物があるの」
「全く…何を拗ねてるかと思えば………」
「別に拗ねてなんか―」
「!下がれっ」
クリフォードの鋭い声。
ぱしゃん、と何かが破裂して、に一番近いガラスが汚れる。
「なっ!!」
「卵か…またベタなことを」
「…………」
べちょりとへばりついた黄色と白のスクランブルをガラス越しに眺めて、がぼやく。
ふぅ、と溜め息を吐くとひらり、右手を振るって気にするなとという意図を示す。
「いいよ、放っとこう」
「でも、」
「―……いいの。そこのべっぴんさんも怖い顔して睨まないのよ」
「フン、生まれつきだ」
遠くを見据えるクリフォードが舌打ちをひとつ零した。
地面に汚らしく垂れる黄色を見やって、バッドも渋面を作る。
が頑なに、バスから降りようとしない理由は、これだったのだ。
「ほら、解ったらさっさと行った行った。後からちゃんと追いかけるから、ボイコットだけはもうやめてよね」
事も無げに言うが、くるりと踵を返す。
呼応するように靡いた黒い髪は潔く車内に引っ込んだ。
濁ったガラス越しに、ゆがんだ横顔が揺れる。
沈黙を貫いていたドンが、ゆっくりとその双眸を眇めた。
「―タタンカ、その聞かん坊をバスから降ろせ」
「“You're the boss.”」
通りの良い低音が、一直線に空気を走る。
静かに速やかに行動を理解したタタンカは、の左手を捉えて、引く。
「ちょっ、タタンカ?」
「失礼、」
ひょい、細身の割に軽々と、タタンカはを抱き上げた。
が二の句を告げる暇もなく、彼はスタスタと歩くとあっさりアスファルトに降り立つ。
プリンセスホールドのままバスから降ろされたは、そのまま地に足を着けることなく、次はドンの肩へと担ぎ上げられた。(日本で言う米俵のように)
「や…ちょ………わたしが悪うございました頼むからおろせ!まじで!お願いだから今すぐに!!」
「聞こえんなぁ」
「ぎゃー!この…なに!?この、鬼畜っ!!」
「口の聞き方がなってないぞKitty?塞がれたいか?」
「全力ですみませんでしたこの野郎!!」
「ほぉ…よほど過激なのをご所望と」
「とにっかくおろせ――――!!!!!!」
「行儀の悪いあんよだ」
「撫 で る な ーっ!!」
SPにの荷物を運ぶように言い付けて、の言葉などそよ風のごとく受け流す。
じたばたと足掻く脚をなぞるように動いたドンの大きな掌に、じょわり、の背筋が粟立った。(喰 わ れ る !)
「パンサー」
「えっ?」
「は!?」
「走れ。俺には別の用がある」
とすん、次はパンサーの腕に収まったが怪訝な声を出すのにも構わずドンはその親指でスタジアムに続く選手用の通用口を指す。
を連れて行け、と言うことだ。
「ドン!いい加減にっ」
「………パンサー」
「りょ、了解です!」
「ちょっとぉ!?」
一際ドスの利いた声で追い立て追い詰められたパンサーが凄まじい速さで人混みの中へと駆け巡る。
その姿が瞬く間に消え行くのをしっかりと見届けてから、ドンは雑踏を見据えた。
「さて、いくら思うところがあるにせよ、うちのに手を出して良いことにはならんなぁ…?」
「…には、数え切れないほど世話になってます」
「ワイフの顔が曇るのは頂けねぇしな。星には太陽が不可欠、だろ?」
「そもそも身内から舐められてちゃ話になんねぇだろうが」
「“That's quite true.”(その通り)」
例え人混みに紛れようが、ある程度のメドはもはや付いていた。
隠れるには最適の人の山も、集まりすぎれば身動きが取れなくなる。
それが分からない愚かさを見逃してやるほどの優しさを、以外にかけてやる気はサラサラない。ペンタグラムは太陽を霞めるものを許さない。
「いい機会だ、この際ハッキリさせておくとする」
じゃり、灰色の大地を踏みしめるドンの前の人々が道を明け渡す。
晴れの太陽に照らされた金色の髪が、ぎらと獰猛に瞬いた。
忘れるだなんて無理な話だと思わないか
(その横顔の、精一杯の悲しみを)
++あとがき+++
試合前に一悶着。きっと犯人は五大湖のあたりに沈められると菱予想。
ペンタグラムにひたすら愛される話が書きたくて無理くたに執筆。
長くなりそうなので一旦切ります。尻切れトンボなのはその所為。
この後の続きも書きます。多分。
そりゃーあんだけきゃいきゃい騒がれてる中に1人だけワイフだったら嫉妬もされるよね!王道!!
普段はドンが防波堤になりますが、たまに現れる命知らず(笑)
選抜が終われば解散してしまうペンタグラムですが(何てったってドン、クリフォード、バッドは18歳/爆)きっと仲良しで居てくれると良いな!
試合後に『結婚式には呼んでね!』とかバッドが言って、ワイフにシバかれてる図が頭に浮かびます。楽しい!お星さまは永遠に!
※ You're the boss.(はいはい。仰せの通りに致します)
タイトル*ララドールさまより
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