※ 309th down「THE WORLD IS MINE」ネタバレ注意
いつもは意志の強い瞳が伏し目がちに、瞼に隠れる。
紅潮した頬に睫毛が影を差し、その柳眉は眉尻につれて下がり端になっていった。
乾いた唇を噛みしめるように湿らせて、は視線だけを俯ける。
向かい合わせで膝の上に乗っかるの腰に左の手を据えて、ドンは静かに呟いた。
「目を瞑っておいてやろうか?」
「!それは、なんか…駄目。ズルしてるみたいで、いやだ」
「―ぶっ、くく…ッ」
「なにさ!」
「いいや、別になんでも?」
「このやろう…!」
真っ赤な顔で、が吠える。
きりきりと歯軋りをしてドンを睨む、その姿に普段の彼女は全くいなかった。
今の状況を持て余すように身じろいだり、頬にかかったかと思えば肩に逃げ込むそのか細い指先の行く先々に、くすぐったい思いを感じながらドンはくつりと喉を鳴らす。
憤慨するように眉を吊り上げたの髪を宥めるように撫で梳きながら、つぅ、左手を背骨のラインに沿って少し這わせると、いっ?!、面白いほどに彼女は全身を強ばらせた。なんと初心なことか。
誘われるままにまた、ドンの唇は弧を描く。
「哀しいなぁ、Kitty?そんなこの世の終わりのような顔をするなよ、傷つくだろう」
「ぐっ……!」
わざとらしく溜め息を吐いてやる。
やはり普段ならここで息を呑むほど完成度の高い右ストレートを繰り出すじゃじゃ馬っぷりだと言うのに、はその使命感から指先一つ動かせない。
今も、その証拠に多少居住まいを正しただけで、彼女はまた視線を逸らした。(実に嗜虐心を煽る愉快な様で)
「日が暮れるぞ?」
「わかってるってば!」
一向に改善されない状況を指摘してやれば相変わらず熱の冷めやらぬ頬がひくりと引きつった。
眉根をきゅう、と寄せて半ば自棄になるをわざと気遣うフリをして、ドンは彼女を焚き付ける。
「出来ない事はするものではない。時間に任せればいずれは出来るようになるさ。今のお前には荷が勝ちすぎるんじゃないかな?そうだろう?Kitty」
小さな子供に言い含めるような物言いは、正しくドンの期待するところの効果を絶妙かつ絶大に発揮した。
人一倍負けず嫌いのこの少女が、ここまで言われて黙るはずがない。
「…出来なくなんか、ない」
「ほう、これは頼もしい」
案の定は、ずい、とドンに詰め寄って、きっ!その双眸を奮い立たせた。
少し冷えた手が、ドンの輪郭に添えられる。その指先があまりに繊細に頬を包むものだから、ドンはまたしてもこみ上げてきた笑いを堪えるのに腐心した。
たかだかバレンタインの贈り物ひとつに、散々頭を悩ませたあげく、こんな形で返そうとするなんて、これだから何時まで経ってもという人はドンを退屈させない。
大方、ドンの欲しがるものが酒以外に思い付かずに行き詰まった挙げ句にバッドにでも相談したのだろう。(物より思い出、くさいフレーズでキスを提案する姿が手に取るように思い浮かんだ)(さり気なく結んだ小指のリボンも、きっと奴の入れ知恵に違いない)
堅く引き結ばれていた唇が深々と息を吸って、吐く。そうしては意を決し、ぐい、ドンとの距離を縮めていった。
鼻先が触れる。先のやりとりの手前、は瞳を閉じれない。視線がかち合う。
触れた肌はそのうち溶けてしまいそうなほどの熱をはらんでいた。
ゆっくりと、躊躇いに揺れて小刻みに震える肩や横顔が、ひっそりとドンと重なりかける刹那、その瞬間を、…ドンは待っていた。
「そうだ、言い忘れていたがDear?」
びく!ドンの声に怯えて、が固まる。
唐突に話し出したドンを目を見開いて見やる、黒曜の瞳が驚愕にうち震えた。次に、羞恥。
吐息が口付けに変わるまさにその寸前を狙いすました囁きは、それまでのの勇気や度胸や矜持や勢いなど全ての行動力を根こそぎ奪い取っていった。
ひゅっ、敏捷なさまでとっさに身を引いてしまったにほくそ笑みながら、彼はくつり、また笑う。
「な、なにっ…?」
「―くれぐれも、優しくしてくれ」
「――………っ!!!」
千載一遇の、唯一無二の、の、行動が、がらがらと崩れ落ちた。
にやり、そう嘯いたドンの意としたところを正確に読みとったは、その事実と挫かれてしまった勇気にうちひしがれる。
ドンは、を弄んだのだ。こう言うと語弊があるが、しかしこの趣味の悪い仕打ちは弄んだと冠する他ない。
今まで散々からかってからかって、その意地を利用して、嘯いて、焚きつけておいて、最後の最後での決心をわざとどうでも良いことを嘯いて、折ったのだ。
が、のてっぺんから爪先立ちまでもを、羞恥に染める為だけに、
やっと、長い時間と勇気をかけて覚悟を決めて腹を据えてやっとあそこまで漕ぎ着けて、心臓を宥めて、恥を忍んで、耐え難きを耐えたというのに、この男ときたらなんて事を!!
呆然と目を見開いたまま、一転してかすかに青ざめた顔のの鼻先で、ドンが溜息を吐いた。静かに。
頬から肩へと滑り落ちたの手を、自らのそれにゆっくりと絡めると、どさり!、それまでの体勢を容易く反転させた。
ドンが上、が下、更にその下にはふかりとしたソファー。
押し倒されて初めてその事実に気付いたは、声もなく、息を呑む。(いつもの毒舌が火を噴かないあたり、口付けを阻まれたことが、相当に堪えたらしい)
押さえ込まれた両腕が、微かにそれらしき抵抗を見せたが、まあ、当然の如く微々たるものであった。
「っ!」
「さて、どうするDear?まだやるか?」
わざとらしく口付けの一歩手前の位置でドンが呟く。
もはや訊くまでもない、が―思いのほか照れ屋で奥手で色恋に関しては無駄に初心なこの恋人が、そんな余力を残せるはずがないのだ。(なにせそれを根こそぎ挫くように仕向けたのは、他でもないドン自身なのだから)
ドンが期待をかけた通りに、は正しく反応を返してきた。
その何よりの事実が、余計とドンの加虐心を震わせる。
今にも泣き出してしまいそうなの眦に、うっすらと涙が浮かびあがった。
ああ、容易いものだ。甘美な心地に浸りながら、背中の裏側あたりがきりりと軋むのをドンは感じる。(不快とはまるで似つかない、昂揚)
癇癪を起こす寸前の子供のように張り詰めた額に口付けを落としながら、それでも彼女に対する愛は誰よりも深い彼なのであった。
ああもちろん愛しているとも
(本当に、なんて可愛がり甲斐のある生き物だ)
++あとがき+++
ホワイトデー企画なのにドナルドさんが頑なに鬼畜すぎる件について(爆)
お前善良な一般市民捕まえて何プレイだ馬鹿!(お前が馬鹿)
執筆中ひたすら蟻地獄(ドン)に落ちる蟻(ワイフ)を見ている気分でした。なんてこった。すげー楽しかった(変態)
物欲のない面倒くさいセレブへのお返しを悩んだワイフが(バッドあたりに)たぶらかされて、まさかの自分からチューをプレゼントとか補足しなきゃわからないですよねすみません
おまけとして付け足すならばこんな会話がありました。(【CERAMIC】覚書より)
―――
「あ〜…………どうしよ」
「なにさっきから唸ってんの?」
「…ドンのバレンタインのお返し。なにが良いかバッドわかる?」
「ワイフがわかんなくて俺がわかるわけないだろ?何か欲しがってるもんとかねぇの?」
「今をときめくドナルド・オバーマン氏の手に入らないものなんてあるとお思いかなワイルドハリウッドさん?思い立って島買うような財力の持ち主だよドンは」
「あー…セレブってめんどくせっ」
「バッドも十分セレブに入ってるって理解してる?」
「そう?」
「そうなのですとも。人の誕生日に小切手渡す18初めて見たよ」
「でも結局受け取ってくれなかったじゃんか」
「当・た・り・前・だ!」
「使い古されてるけどやっぱりドンが一番喜ぶって言ったらアレかな」
「?」
「ワイフの小指にリボンを巻いて、“プレゼントはわ・た・し”的な…」
「骨も残らねぇよ。殺す気か」
(だがしかし彼女はこの暴挙に乗り出すこととなる)
―――
みたいな、ネ!(爆)
ホワイトデーのホの字にも掠っていないけれどもホワイトデー企画です。頑なに(爆)
こんな鬼畜だけど愛はあるMr.ドン。ごめんなさい趣味
しかし本当にキスすらしない状態でいかがわしすぎるドナルドさんが好き^q^
タイトル*ララドールさまより
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