※ 306th down「WORLD CUP」/315th down「五芒の星」ネタバレ注意






黒の髪がさらりと流れ、俯く背中を隠すようにしていた。






ドンの膝に突っ伏してがたがたと肩を震わす。
の声は吐息にしかならずに、食いしばった歯がきりきりと音を立てた。



縋るように俯せるの、小刻みに揺れ動く頭を大きな掌が撫でる。

Kitty、そう呼び掛けたドンの声に呼応するように、の震えは激しいものに変わっていった。



左の入れ墨に象られた眼がすう、と細められる。
張り詰めた空気が、ぐらり、危うさを孕んでたわんだ。限界だ。



膨れ上がる激情に為すすべもなく、の引きつった声が水面を撫でる。




「ぶ…あ!はっはっは!だめだ…もう駄目だ、もう無理マジでしぬ…ったすけてドン腹筋が6つどころか200ぐらいに割れそう!!」

かくして大豪邸と呼ぶにふさわしいモーガン邸宅のプールサイドに激しい笑い声が響き渡ったのだった。(元々が喧騒に包まれたスペースなのでさしたる弊害はなかったが)

、笑いすぎだ」
「だっ、だって王子が、ち、チワワだって!モーガンさん、言うんだもの、っくく、おなかいたい…あはははは!」
「オメー笑いすぎだってーの!」

備え付けのソファに腰掛けるドンの膝で組んだ腕にぐりぐりと額を押し付けて、耐えきれないようにまた爆笑の名に相応しい声量では笑う。
に触発されたように笑うモーガンとの爆笑二重奏に、いらぁっ!クリフォードが不機嫌を隠さずにグラスにヒビを入れた。
ぶくくく、遠慮を知らない笑声にクリフォードが遂に牙を剥く。
つかつかとに歩み寄ると、ドンの膝から彼女を引き剥がす。(それでもまだ笑うも相当だ、タタンカは思った)

「今すぐ、藻屑となれ…!」

アメフトの時と同じ要領で、いや、もしかしたらそれ以上の威力で、クリフォードが振りかぶる。
ふぉん!空を切る音が聞こえた気がした。

「オイ、ちょ、クリフォード!

白のジャージが風圧にはためく。
バッドの制止の声も聞かずに、だっぱぁあんっ!派手な水しぶきが上がり、プールサイドに水溜まりを作った。
が姿を消す。水の中へ。
ゴボゴボと水泡が上がり、白いものが水面下でたゆたう。
だぁーっはっはっは!独特の笑い声をひとしきり上げた後に、モーガンがの救出に当たった。

「く、クリフォード…いくら何でもあそこまで投げ飛ばさなくたって」
「ぁあ…?」

ぎろ!三白眼を更に際立たせて、クリフォードが凄む。
パンサーは生まれて初めて人の怒りがどす黒いオーラを放つのをその目で確認した。
ごめんワイフ、これ以上は無理、牙をへし折られた黒豹は心でに謝罪する。

「ギャハハハ!オぉい!生きてっか!?」

相変わらず爆笑しながら、モーガンが片腕で彼女を引っ張り上げた。
ざぷん、額に張り付いた髪の毛を水の流れに任せてかきあげる。
その瞳にモーガンを写したはまた肩を震わせた。

「モーガンさ…クっ、っははははは!駄目だ思い出した、チワワとかモーガンさんが言うから…っ!」
「ツボってんなぁ」
「王子は心を開くまでに3日かかったんですよ、確かにチワワだ、懐かしいなあもう」
「…………………」

たはー、眦の涙と髪から滴る水滴をいっぺんに拭いながらの双眸が親愛とか慈愛そんなものに近い温度で満ちる。
からかいとは全く色を異にした瞳に見つめられて、クリフォードはぷい、と明後日の方向へと顔を逸らした。
の顔が笑顔を形どる。タラシめ、モーガンがけらけらと笑った。



がんがん暖房を垂れ流していると言えど、季節はまだ冬の暦。
なかなか上がらないを見かねて、ひょい、手を差し出したタタンカに促された彼女は、ざぱりとプールから上がってジャージを絞る。

「ワワワワワワワワイフ!大丈夫?スッゴい水浸し…」
「はー…ベタベタして気持ち悪い」
「オイ、動き回るな。大人しくしてろ」
「クリフォード、お前自分で投げ飛ばしておいて…

ハウスメイドから拝借してきたタオルをに投げつけるクリフォードの言い分にタタンカが呟いた。
そんな二人を見て、当のは笑うだけで、別のタオルで髪の毛を拭いていたバッドもつられてしまう。

「水も滴る良い女だこって」
「嬉しくない」

わしゃわしゃと髪をかき混ぜながらそう呟いたバッドに、がいっと歯を見せる。
新しいタオルをまた借りてきたパンサーは、の張り付いた白のジャージの背中に、アンダーシャツの、見覚えのある柄を見つけた。

ドンやの所属する、チームのユニフォームと、同じデザイン。
異なっているのは、普通プロテクターの上から着るための大概大きなサイズになるはずのそれが、の華奢な肩幅にぴったり合うようなサイズに作り替えられていると言うことだった。

「99…?」
の背番号だ」
「!Mr.ドン…」

何時の間にかの着替えを手配したらしく、片手に紙袋を携えてドンがパンサーの囁きに答える。
がばりとジャージのファスナーを開け放ってアンダー一枚になったに張り付いているのはやはり、正真正銘、選手のユニフォームだ。
顕わになった背番号を見て他の面々も首を傾げる。

「ワイフ、いつからプレイヤーになったんだ?」
「冗談、死ぬってマジで。見てみなよこの文系前線まっしぐらの二の腕
「………」
「王子、リアルに残念そうな目は少し悲しい」

目一杯の力瘤を見て黙りこくったクリフォードにがぼやく。しかしそれぐらいなよい、なまっちろい。
選手だなんて夢のまた夢だ。有り得ない。
苦笑いを零して、そういう意味の背番号じゃないよ、が目を眇めた。

「――……“不朽の証、栄光への軌跡、何より輝く太陽の番号だ”」
「…?」

瞳が遠くの過去を映す。
の言葉ではない。お手本をなぞるように呟かれた言葉に、ドン以外の彼らは一様に首を傾げる。
ふ、笑みを形どったの囁きを、重厚なドンの声が引き継いだ。

「この世で一番偉大な数、ただ完全に一番近いところに、砦を務める役目と、Dear、お前は在れ…よく覚えてるじゃないか、
「当たり前」

瞳を伏せて、唇には弧を描いたままは水浸しのユニフォームをの数字をなぞる。
の本当の意味での始まりは、あの日からだった。
顔を見合わせる4つの星たちを後目に、モーガンが笑う。

「相変わらずの嫁っぷりだなぁ!」
「…その点に関しては褒め言葉として受け取りましょう」
「カカカ!」

まだ水分を潤沢に含んだ毛先を一つにまとめるは少しだけ気色に赤を混ぜた。

「それにしてもいい眺めだな、Kitty?」
「は…?………ああ、別に珍しいもんでもないでしょうが。昨日も見たくせに」

ひたりと体のラインにぴったり張り付くユニフォームとズボン。
白を基調としたアンダーにそのまま下着の色が浮かび上がって輪郭をはっきりとうつしだしていた。
ポタ…艶やかな黒髪を伝って顎先から垂れた雫がつやりと輝く。

そんな彼女を茶化すように呟いたドンを呆れた顔でがいなす。
その言葉の招く誤解に気付かないに三つのツッコミが入った。

…それは…」
「まー…ワイフったら大胆。大胆すぎてパンサーが死にそうなんだけど」
「余所でやれバカップル」

あわわわわと顔を赤らめたパンサーを見て、は初めてその意図する所を知る。
くつくつと喉を鳴らすドンに触発されたように、彼女もまたパンサーと同じく顔に血液を集めた。

「は…!?ちょ、違っ!…そういう意味じゃないってば!
「あれはドンの趣味?」
「何が!?」
「色と柄とデザインと脱がしやすさの話」
「俺が選んだ下着だったらお前は今頃卒倒してるだろうよ」
「まじで?流石はドン」
「アホくせぇ…」
バッ……っ下着に謝れ!そこまで依存してないわよ!!てかドンも誤解招くような物言いよせ!!王子もその目やめてってあとパンサーはいい加減帰ってきなさい!!」

噛みつくように吠えるが声を荒げる。
ハン、クリフォードが鼻を鳴らして瞼に呆れの色を乗せ、バッドとドンは涼しい顔で嘯いた。
パンサーは言うまでもなく固まったまま、モーガンはプールの水面をべちべちと叩いて笑う。タタンカは溜め息を禁じ得ない。

「さて、そうだったか?なんならすぐさま手配させるが」
「願・い・下・げ・だっ!」
「…取りあえず着替えなさい、
「カッカカカカ!お前らホント頼もしいぜ!」

ドンの胸倉を掴んで眉を吊り上げるをタタンカが宥める。
一際賑やかな箇所を取り囲む星条旗に集った星々の、真ん中には太陽があることをモーガンは改めて思い知ったのだった。



しくしく



(戦士たちに輝かしい栄光を!)


++あとがき+++
ぎゃ、逆ハって難しい…!そしてタタンカが激しくオカン
モーガン宅に全員が集結してたら良いのにという願望からこのお話は生まれました(爆)
チワワとか聞いたらワイフは絶対吐くほど笑うと思うんだ←…
パンサーは許せるけどクリフォードがチワワて!みたいな感じ。見た目(髪型とか)が似てるのと顔合わせから三日間虐げられた記憶からワイフ馬鹿ウケ
結果プールにインされるわけですがこのあたり楽しかった…!
Mr.ドンの膝で大爆笑するワイフがすんなり浮かぶあたり菱も末期ペンタグラムはこうじゃないとね!

ちなみにワイフの「昨日も見たくせに」発言は決して艶っぽい意味ではなくただ単に風呂に一緒に入った(←オイ)か畳んであった洗濯物の一番上に置いてあったとかそんな感じです。脱がされた訳ではない(…)
ある意味ドンに対して全くノーガードになる瞬間のあるワイフでした。
あとワイフの過去がほんのちょろっと出ました。
普通のTシャツみたいにユニフォームを加工。ワイフジャージ(笑)の下は常にこれです。
Mr.ドンの計らいで正式に99番はワイフの背番号になってます。きっと永久欠番。ワイフに背番号をあげる話もいずれ書きたいな。
ファーストインプレッションは衝撃的、な感じで。ワイフがと言うよりドンがびっくりみたいな予定です。
この二人が無駄に好きあう光景が最近楽しくてたまらん。ツンデレのデレの部分はとことんデレさせたい私です。

タイトル*ララドールさまより


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