※ 309th down「THE WORLD IS MINE」ネタバレ注意。ボコ愛・流血表現含みます

ゆらゆらと、覚束ない浮遊感を漂っていた。

熱いような、寒いような、そう知覚した自分に、何でよ、と自問自答。どちらか一方に決まってるでしょうに。
けれど実際、仰向けになった体の外気に触れる上半分、特に腹から上が灼け付くように熱く、逆に指先や爪先は、キンとした痛みにも似て冷え切っていた。

この温度差ってなに。ぴくりとも動かせない指先はこの際放っておいては考える。
此処は何処で、今は何月何日何曜日で、何をしていたかを。これからの自分は何をするべきかを。
ずきん、考えれば考えるほど、こめかみの辺りが痛んだ。ずくずくと抉るような、突き刺すような痛みに呻く。

呻いた喉は熱く、しかめた顔は鈍く痛み、ツンと鼻の奥まで血の匂いが駆け抜けて、口から取り込んだ空気が肺で引きつれて、咳き込むと背骨が軋んだ。一度痛覚を思い出したら、派生するように全身に激痛が走る。
反射的にうずくまろうとした体中の皮膚という皮膚が重心の些細な移動だけで悲鳴を上げる。

ただ少しの身じろぎだけで、脊髄は筋肉の収縮を放棄させた。
ぎりぃ、奥歯を噛み締めて、それが欠けているのに気が付く。
満身創痍とはこの事だ。じわり、生き物として自然に浮かんだ涙が、頬をたどる合間にまた、激痛。染みるということは、皮膚が裂けているということだろうか。

自分から見える(実際今のは目を閉じてはいるから厳密に言うと見えないが)鏡に素直に映るほう、重力の接地面とは違うほうの体は熱に浮かされているみたいに熱い。

逆に背筋はぞくりと寒気に粟立って肩を震わせる。寒いのか熱いのかがわからない。
絶えず瞳から流れる涙がまっすぐ伝ってこめかみまで垂れていくのを肌で確かめるしか、は出来なかった。何をしても、ただ、痛い。

細く浅く息を吐き出すの、閉じた視界の外側で、ぎし、何かが動いた。
涙が、肌を離れる。

「――………!」

外側からの刺激に声にならない、掠れた悲鳴が喉の奥から走る。
頬を拭われた、その動作すらも、今のには毒だ。
生存本能が体を震わせる。痛がることで、痛みは増える。
それに気付いた指先は息を呑んで躊躇いを見せてから、薄く触れるだけに留まった。

その僅かなふれあいだけでも、指先の持ち主が誰なのか、には理解できる。
頭の中を辿って、その人を弾き出したのとほぼ同じくして、低い声がを呼んだ。

「―

全身の骨がうち震える響きが、その声には宿っていた。
いつもと同じトーンのはずの声色は、裏側に色々な葛藤を携えている。
そんなはずがないのに、弱々しいようにも、そのまま床に落ちてしまいそうにもには思えた。

という存在に一番近い音で、発音で、名前という代用で、ドンは命ずる。目を開けろと。
それをドンが望むなら、はそれに従わなければならないのだ。
何があろうとそう決めて、そう望んだのは他でもない自身なのだから。

「………

目をこじ開けて一番に飛び込んできたのは、視覚を邪魔するちかちかとした明滅だ。

眩しさになれない瞳をしばたかせて、痛みを伴う瞼を叱咤する。(ドンが、呼んでるのよ)
何度かのまばたきの後にようやく、はドンを視界に入れることに成功した。
ごく近くでの瞳をのぞき込んでいたドンの、纏う空気が揺れる。
いつもの、あの、全てを統べるものではなく、もっともっと、脆い、崩れやすく、危ういものに。

(あ、ぁ ……そうだ)

ほんのりと、視線を外せば、頬に触れたままの指先が見える。
白色人らしく色白の、大きくて逞しい手指や、甲の辺りにまだ面影を残す赤いもの。
にも同じものが流れている、それ。

気付いたに気付いたのか、ドンの纏う空気がよりいっそう堅いものに変わった。
後悔は、ないだろう。ただ自責の念によく似た、それ。

「せめて、一刻も早く終わらせてやる。耐えろよ」

耐えろよ、そういったドン自身、必死に何かを耐えるように唇を引き結んで息を吐き出した。
ぐい、と伸ばされた太い腕が躊躇いにまみれた様を払拭するように一度だけの寸前止まって、また伸ばされる。迷わずに。

「ぁ゛、―っぐ…うぁ…!」

背中とその下の、(その下がベッドだったとようやく気が付いたのだが)間に腕を差し入れて片腕の力での上半身を起こす。
自身に降りかかったすべての行為に相応の刺激が、鮮明に頭から爪先までを吊し上げた。
咳き込んだ拍子に血が滲む。

何一つ動かせないの体から、もはや使い物にならない血に霞むジャージを剥ぎ取って、あのユニフォームも引き抜いて、黙々と手を動かすドンはひとつひとつの傷や痣や腫れに的確な処置を施していった。

ほとんどが上半身に位置する怪我(当たり前だ。マウントポジションをとられたのだから)の中でも特に酷い顔面を残して包帯を巻き終えた時点で、ベッドの傍らには血の付いた脱脂綿やタオルが山と積み上げられていた。

「…………」

指先とガーゼが、顎を伝った時点で、ドンの頑なだった心が歪む。
特にがんがんと痛む左の頬を瞳に映して、目を細めるドンの激情の流れが見えた気がした。(…ちがうでしょう)

(ちがうでしょうドン、悪いのはドンじゃなくて私でしょう。絶対の力を、アメフト以外に注がなかったドンの信条を折ったのは私が間違ってたからでしょう。殴るための拳ではないその掌を、血で染めたのは私が悪かったからでしょう。泣きたいのはドンのほうなんでしょう。人を殴るのは痛かったでしょう。そうでもしなくちゃ、私が判ろうとしなかったから仕方なくしたんでしょう。本当はそんなことしたくはなかったんでしょう。だからお願い、そんなかおしないで)


言葉だけが先走って、声は出ない。
ぱたん、一度は収まった涙が再び外気に流れ落ちた。伝えたい、の。

読み書きも会話の語彙も今のには何の役にも立たない。
今すぐ伝えられる術がほしい。
かさかさに渇いた唇に涙を含めて、痛みと熱と乾きでゆるくほどけてきた思考に抗う。

「ちか、う か…ら」

そう、誓う。もう二度と、あんなこと言わない。しない。ドンを迷わせて、悩ませて、哀しませて、憤らせたりなんか、絶対に、しないから。

「ご、めん、なさい…」

ひどい声だ。今際の蟻のような、こんな声ではキリギリスにだって届かない。
そんなの思いとは裏腹に、ドンは囁く。―判った、もういいから、それ以上話すな傷に障る、と。

頬を固く強ばらせたまま、を見下ろすドンがそう言うから、口を噤むと、叶う限り力を封じ込めた形で腕がを抱いた。







(それ以外、考えられなかったんだ)


++あとがき+++
うーん…温い(爆)
やっぱり傷口踏ませるぐらいはした方が良かっttttt←黙れ
ワイフ結構酷い目に遭ってるけどなんだか不完全燃焼
ボコリ愛っていうかドナルドさんの一方的なボコる愛になってしまった…
自分では精一杯表現したつもりなんですが、一応の蛇足的なもの↓(長いです)

シチュエーションとか殴られた理由とか補足するなれば、ドンの拳は愛ある拳(ちょ)
ワイフがもうどうしようもなく自分自身を蔑ろにしてドンが何言っても聞く耳持たなくてそんな恋人を見るに耐えかねて…が一応のイメージです

他の人間ならともかく、ワイフがそんな風に自分を卑下するのはどうしても許せなかったのでボッコボコ
それをワイフも承知してるから謝ったし、逆にドンは謝らなかった訳で

ただ力に頼らないといけなかったという事実にドン自身物凄いダメージは受けてる
上から目線ではなく対等な一個人としてワイフを認めてるからどうしても余裕がなくなった辺りに18歳を感じていただけたらな〜なんて(爆)

個人的考察としては、ドンはアメフト以外では暴力(本気で人を殴ったりとか)しなさそうだよなという感じ。
峨王くんのアレも自分からしばきに行ったんではなくて、応戦する形だったので暴力ではないような…

どっちかっていうと権威的制裁のほうが多いイメージが強いので殴るのはよっぽどのことがない限り、特にワイフにマジで手を上げたりはしなさそう(軽いしばきはノーカウントですがggggggggg←)
医者呼んで手当てとかも出来たのにわざわざ自分の手すがら治療をしたのは、ドンのけじめ

突き詰めたドン×ワイフ像ってこんな感じです
ワイフはドンのする事を正しく理解して、それがドンにとっても重要。
対等だけど、ワイフはそれから一歩下がってドンを支えれば良いよとかいう自己処理妄想お粗末様でした(爆)

タイトル*流星雨さまより


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