「武装の人って古傷多いよな〜・・・」

 その日、ブライアンに顔を出していたが唐突に呟いた。

 【古傷】


 「どうしたんスか、急に」
 「や、別に深い意味はないんだけどもちょっと思ったんだよ。将五も顔にあるよなド派手なの」
 「あぁ、コレは・・・中坊の時にちょっと」
 「見るからに痛そう」
 「お前がそれを言うか、古傷代表」

 顔をしかめてしみじみと言うに清広が呆れた声をだす。

 「“古傷代表”って・・・」
 「何なら見てみろよ、ホレ」
 「わ、めくんなよスケベ
 「殺すぞ」
 「ぅわ〜・・・・・・言葉の暴力来たー」


 軽口を叩きながら清広がのシャツをめくった。あらわになった背中にあるのは、かなり大きな裂傷痕。
 肩口から斜めに入った亀裂は背中を真っ二つに分けている。

 「な・・・どうしたんスかコレ」
 「トラックとタイマンはった時にできた傷」
 「は!?」
 「清広クン、あらぬ誤解招くような事言うの止めてくれないかな」
 「八割方あってんだろ」
 「残りの二割に悪意を感じるね。今の一言で俺は変人のレッテル貼られたぞ」

 片方の眉を器用に釣り上げたがシャツを戻しながら言う。
 またいつものように始まった二人の掛け合いを尻目に将太が苦笑いをこぼしながら小声で話し始めた。

 「あの傷はな、の“名誉の勲章”だ」
 「勲章っスか・・・」
 「お前が武装じゃねぇってのは気付いてたか?」
 「つい最近本人から聞きました・・・死ぬほど驚きましたよ」

 なんの気なしにこの場にいるが、の背にドクロはない。
 着ているのはカッチリとした制服―彼は県下トップの進学校に通う高校生だ。
 髪も染めず、律儀に制服を着ている姿は真面目で大人しい学生といった風であるし、実際喧嘩も強くない。
 ある意味武装とは遠い存在だ。
 だがそんな見た目とは違い本人は武装に馴染んでおり、誰もが彼を武装の一員だとして疑わない。

 「喧嘩もたいして強くねえ、その上あんな大人しそうなナリしてる癖に武装にまじってるもんだからよ、
  武装と睨み合ってるヤツらにとっては格好の餌食だったんだ」

 “!?おめぇまた絡まれたのか!”
 “大〜丈夫ですよ、稲田さん。俺陸上で記録持ってるんですから。逃げ足だけは負けません”
 “その割にアザが目立ってんじゃねぇか”
 “ぁ〜、コレは序盤にちょっと”
 “逃げ足役にたってねぇ!!”
 “ダメだしすんな、鉄生”

 「アイツ、それこそ昔は陸上の全国大会で優勝するぐらいでな。
  だから毎回上手いこと逃げて掠り傷程度ですんでたんだよ、最初うちは」

 持ち前の脚力と機転のきく頭ではうまく切り抜けてきていた。
 “あの時”までは。

 「ちょっとした小競り合いが転じて、デカい喧嘩になりかけた事があってな・・・・そん時にが襲われた」

 休戦協定が一応の歯止めにはなっていたのだが、相手方の新入りが先走ってのことフクロにしたのだ。
 一人に対して向こうは明らかに十人はくだらなかった。

 「さんざん殴られたあげく、勢い余って車道に突き飛ばされて。
  そん時に轢かれてできた傷がアレだ。命に別状はなかったけどな」

 そんな理不尽なマネに黙っている武装ではない。
 まさにチームを上げての抗争に転じようとしていた。

 しかし、それを―が、止めた。


          * * *


 “これまた皆さん揃いも揃っておっかない顔してご機嫌よう”
 “おまっ・・・何してんだよ!?”
 “あら、それはこっちのセリフですよ武田さん。
  休戦協定はどこ行ったんですか?いけませんねぇ。ルール違反でしょうに”
 “先に破ったのはアイツらだろうが!”
 “向こうサンはそこいらに居た手頃な高校生いじめてただけですよ。武装の人には手ぇ出してません”
 “お前何言って・・・”
 “甲斐さんもストップ。よーく聞いてくださいよ。いいですか?
  今動いたらそれこそ相手に都合のいい理由を作るだけです。
  これまで武装の築き上げた苦労無駄になさるおつもりで?”
 “んなもん関係ねぇ!!”
 “関係なくない。俺はイヤですよ。こんな下んない理由でなしくずしになんの”
 “下んない理由ってお前、自分が一番痛い目みたクセに何言ってんだよ!?”
 “下んないよ。別に俺は意識不明の重態に陥ったワケでもなきゃ、
  一生車椅子生活を余儀なくされたワケでもない。
  ちょっと歩くのが遅くなったのを除けば至って元気だ”
 “・・・その所為で二度と陸上できなくなってもか”
 “別に俺は第二のカール・ルイスを目指してたワケじゃないし、遅かれ早かれ陸上は止めてましたよ”
 “それでも六年間続けてきてたんだろうがっ・・・”
 “いいんですよ、そんぐらい。むしろ俺で済んで良かったじゃないですか。
  武装の人が怪我でもしたら大変でしょ。
  だから気にしないでください・・・・ってワケにはいきそうにもないですね”
 “ったりめーだ・・・”
 “ならこうしましょう。俺の六年武装にあげますよ。その分武装の行き先『魅し』て下さい”
 “・・・”
 “俺は腕っぷしが強いわけでも漢気があるわけでもないから武装戦線の一員にはなれませんけど、
  今でもまだ憧れてるんです・・・・普段はなよいヤツなんですからこういう時ぐらいカッコつけさしてくださいよ。
  武装好き冥利に尽きるじゃないですか”

  ―俺にもできることがあるんだと思えるだけで俺は報われるから。


          * * *


 「それで結局喧嘩にはならず仕舞いだ」
 「さんらしいっスね」
 「あぁ・・・アイツ絶対安静言い渡されてたクセに無理して病院抜け出してたんだぜ。
  医者が何人かすっ飛んできてド叱られてやがんの。きっかり二週間は部屋に見張りが付いてたな」

 心底可笑しそうに将太が言う。視線はいつのまにか真剣な顔をして話し合っていると清広に向いていた。

 「やけにコソコソかぎ回ってるみたいだけどコレは規約違反に入んのか?」
 「こんだけじゃ何考えてんのか見当つかねぇな・・・・」
 「じゃ、しばらくは保留。鉄生には?言うか?」
 「まだいいだろ、アイツがでる幕じゃねぇよ」
 「それもそうか・・・あと最近蠍がちょっと変だ」
 「アイツらに協定は通用しねぇからな。なにかと厄介だ」
 「一人蠍に詳しい奴知ってるから色々聞いとく。なんか変わったことあったらまた言うよ」
 「おぅ」



 武装戦線の一員にはなれない、と

 本人はそう言う
 武装にとっては、近くて遠い存在。

 けれど、
 そんなの背には

 あるはずのないドクロが、垣間見えていた。



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