【Awareness】


 するり、と気遣うように手が顔を伝う。
 新しく変えたガーゼを止め終えたが小さく苦笑いをしたのがわかった。

 「・・・痛みますか?」
 「まぁな、さすがにジョーとやりあって無傷ってワケにはいかねぇよ」
 「それは・・・確かに」

 つい、と触れるか触れないかの距離でが顔に手を添える。
 まだかすかに残る熱を静めるような手つきが心地よくて好誠は自然と目を閉じた。

 「怒られちゃいましたね」

 “お二人に”と言ってまたが笑う。
 何も言わずにジョーとタイマンをはった事で賢三や幸吉に不満をぶつけられた事を言っているのだ。
 五代目の頭という立場
 武装の一員であること
 それをちゃんと考えろ、と。
 まぁ無断で事に及んだのだ、それぐらいの予想はついたのだが−

 「何も言わねぇんだな」
 「え?」
 「タイマンの事」

 はてっきり嫌がると思っていた。
 しかし実際知り合い同士の喧嘩で、しかもここまで派手にやらかしても、
 怪我を見て目を丸くした以外は普段どおりで何も言わない。
 むしろ“お前も少しは怒れ”と二人に言われていたぐらいで
 好誠もそれが少なからず意外だった。
 そんな思いに気付いたか否か、が軽く頭を捻る。

 「ゃ、こういう喧嘩はあたしが口出ししちゃいけないんじゃないかと思って」
 「“こういう喧嘩”?」
 「こう、何て言うか・・・その、“男と男の喧嘩”?と言いますか。
  無理矢理ふっかけられた喧嘩じゃなくて、本人さん同士思うところがあっての喧嘩には・・・あれ」

 “なんか分かんなくなってきました”と言いながらが考え込む。
 向かい合ったまま何も言わずに好誠が待つと、しばらくしてから言葉を選ぶように言い募った。

 「喧嘩するって決めたのが武田先輩とジョーさんなら、あたしの出る幕はないですよ。
  あたしは“外野”ですし。それに、二人とも嬉しそうだから、ならいいかな〜と思って」
 「俺とジョーが?」
 「嬉しそう、で、楽しそうですよ。あたしにはそう見えます。
  武田先輩もジョーさんも、どっちも勝った喧嘩だったからじゃないですか」
 「・・・引き分けって事か?」
 「あ、それはまたちょっと違います。引き分けはどっちも勝ってないし負けてない事ですから。
  言ったでしょう?どっちも嬉しそうで楽しそうですよって」
 「あぁ」
 「勝敗はちゃんとついてるかもしれませんけど“喧嘩”はそれだけじゃないですからねー。
  そこから得るものがあれば“勝負”は負けても“喧嘩”は負けない。
  そういう勝負だけに終わらないのが“口出ししちゃいけない喧嘩”じゃないかな、とあたしは思うわけです」

 “屁理屈かもしれませんけど”と困ったように、は笑う。

 「武田先輩とジョーさんが怪我したりするのはあんまり見たくないですね。
  けど、そういう喧嘩の傷は」

 と、そこで言葉を区切るとは古傷のほうに手を伸ばした。

 ゆっくりと、いたわるように傷跡をなぞって。

 「勲章ですよね。ちょっとお風呂がしみそうですけど」

 事もなげに言う、その言葉で報われる。

 “喧嘩はよして”
 “暴力はやめて”
 そんな風に頭ごなしに心配する恋人なら今までにもいた。
 けれどは理解して
 “勲章だ”と。

 それがどうしようもないぐらいたまらなくて
 まだ軋む手を動かしての頬に触れた。

 「武田先輩?どうかしましたか?」
 「・・・スゲェ女だよ、お前は」
 「―――あ、りがとうございます」

 はにかんだように笑って
 重ねてきた手はやはり心地よかった。

 少しの間そうして、ふとある言葉が湧き出る。
 意地の悪い質問だと重々承知だが、あえて聞いた。

 「
 「なんでしょう?」
 「“勝負は”どっちが勝ったと思う?」

 わずかにの顔が染まる。
 時折思いもよらないような事をやってのけるの、しかしこれは予想通りの反応だった。

 「なっ んでわざわざそれをあたしに聞きますか・・・?」
 「気になったから」
 「ぃ・・・言わなくても、わかってるクセにっ!」
 「さぁ?さっぱり検討が付かねぇな」
 「〜〜〜〜〜〜〜〜」

 ニヤリ、と笑ってやれば、なかば半ベソで絶句している。
 離れかけた手に今度はちゃんと指を絡めて捕まえれば、おっかなびっくりではあったがも 応えた。

 「で?どっちだ」
 「・・・その、」
 「だんまり決め込むようなら俺にも考えがあるぞ」

 なかば脅し文句にの肩が跳ね上がる。
 あまりの焦りっぷりに込み上げる笑いを噛み殺して待てば、

 「・・・こ・・好誠さんです」

 意外な報酬があった。

 「―やっと呼んだな」
 「へ・・・?」
 「かたや名字で呼ばれるっつーのは結構面白くないもんだ」
 「・・・ぁ」

 『武田先輩』と『ジョーさん』

 がジョーを『ジョーさん』と呼ぶのは光信がそういうのが伝染ったからで、
 好誠を『武田先輩』と呼ぶのは加持屋中時代の名残だ。
 無意識だとわかってはいる。
 けれど腑に落ちないことに変わりはない。

 「その、“ちょっぴり”怒ってたのは・・・だからですか?」
 「こう見えて意外とこだわりがあるんでな」
 「き、気付きませんでした」
 「そうだな、半年越しだ」

 おどけたように言えば申し訳なさそうにまた笑って
 もう一度、名前を呼ぶ。
 今度ははっきりと。

 「―随分とお待たせしました “好誠”さん」
 「どういたしまして」


 新しく変わって分かって気づいた事を
 すこしずつ重ねていければいい。
 今よりももっと、ずっと




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