※ 317th down「配られたカードは」ネタバレ注意
黒のファーが付いた目立つジャケット、金色の髪、存外にしっかりした背中のラインが、不機嫌を物語っていた。
革張りのスツールは今や一つしか埋まっていない。
ギリ‥、不愉快を握りつぶすように拳が頑なに引き結ばれた。
「年下の青二才に、こんなにコケにされたのは生まれて初めてだ…!」
「ぇえ゛〜…ほんの数分テーブル離れた間になにこの険悪なムード……?」
夜会巻きにされた髪を解きながら、ぼそり、が呟く。
囁いたその一言すら聞き逃さないほど、神経の研ぎ澄まされたクリフォードが、じろり、青い目でを睨んだ。
「ちょっとすみませんけど手のひら命のクォーターバック様、拳握るのはマネージャーとして感心できないんですが」
心持ち距離を取って、はそう指摘する。
個人的に、スポーツマンが自身の体躯に気配りを忘れるのはきらいだ。
ドンにせよ、バッドにせよ、とにかく無茶が過ぎる。
若気の至りかこの野郎とハリセンを取り出したくなったこともしばしばだ。
思考にふけるの傍らで、バッドとパンサーが、…え?と怪訝そうな声を出した。
二人の視線を辿って、行き着いたのはクリフォード………の笑顔。
―まー、別嬪さん。目が全然笑ってねぇよチクショウ。その手招きはアレか、制裁か。教育的指導か。調子こいてんじゃねぇよこの野郎ちょっと裏まで顔貸しな的なアレか。くそ、鬼怖い。ヤキ入れられる。
そんじょそこらの女優が裸足で逃げ出したくなりそうなほどの笑顔を称えたクリフォードは、、静かに名前だけを囁いて、こちらへ来いという要求を示す(これは明らかに無言の恐喝だ)行きたくない。
行きたくないが、今それを拒否すればいずれもっと陰湿で五臓六腑に染み渡る嫌がらせが帰宅と同時に待っているに違いない。
クリフォードの目が、それを物語っていた、此処か、後か、とっとと腹括れや。
無言の攻防戦が此処まで展開された時点で、は物凄く綺麗な溜息を吐いた。
引きつる頬を隠しもせずに、かつり、細いヒールを鳴らす。(いつものジャージならここで猛ダッシュも出来ただろうが、哀しいかなカジノにそこまでラフな格好で入るわけにはいかない)
ドンに誂えてもらった、シンプルな黒のロングドレスの裾捌きを気にしながら、とうとうはクリフォードの一歩手前まで歩みを進めた。(来ちゃったよもう。超逃げたい)
トントン、自らの太腿を人差し指で叩いてクリフォードは着座を促す。
はぁ〜…腹の底からひときわ息を吐き出して、は覚悟を決めた。
とす、クリフォードの左足の上に腰を落ち着けて、揃えた足は恐れ多くも王子さまの膝の間に。
そのままでは交差しない視線を右に向ければ麗しいご尊顔が至近距離にあった。
すう、冷えるように笑顔を引っ込めたクリフォードは、の頬に手を這わす。
人差し指が眼鏡の弦をなぞったところで、めき、不穏な音が耳を掠めた。
「め、眼鏡割れる眼鏡割れる!!助けてパンサー!王子が怖い!!」
「大人しくしてろ今なら優しく叩き割ってやる」
「ククククリフォード!!」
人差し指と親指の二本で、左側のレンズを挟んだ指に凄まじい力が籠もる。
みしみしとあらぬ負荷に耐えるフレームが悲鳴を上げて、呼応するようにも声を張り上げた。
「ぎゃー!!!眼鏡だけは駄目だってこれドンから貰ったびっくりするぐらい値が張るヤツなんだからさ――!!!!!!」
「――……‥くたばれ」
「なんか目が本気なんですけど!!!!」
逃走を図るの腰に、がっちりとクリフォードの手が添えられて身動きが封じられた骨が軋む。
眼鏡に掛かる腕を退けようと掴んだの手は、思い切り噛みついてきたクリフォードに阻まれた。(痛った!)
あと一歩、寸での所で崩壊を免れた眼鏡がクォーターバックの指ではたき落とされる。(なにこの理不尽)
ぼや、滲んでぶれる視界を眇めて、眼鏡をなぞると、ほんの少しの違和感があった。
「あぁ…ちょっと歪んでる…ドン、ごめん」
「それはもうお前にやった物だ。どう扱おうが俺は構わんよ」
「や、でも折角フレーム選んで貰っ、痛ったい!」
余所見をしていたのこめかみ辺りに、クリフォードの頭突きが入る。王子の癖に行儀悪いな!
キッと、振り向いて睨んでも、クリフォードは素知らぬ顔でフン、と鼻で笑うだけだ。
ドンが呆れた様で溜息を吐く。
「――……Kitty、お前は数少ない優秀な日本人だと思うが、男心に関してはまだまだだな」
「何その残念な目!!どいつもこいつも!!」
「“She's pretty clueless.”」
「誰が頭悪いだこの野郎!」
「…重傷だな」
スラング混じりの英語を勘違いして訳したに、バッドもまた嘆息する。
この場合は(頭が悪い)ではなく(彼女は鈍感だ)という意味合である。
憤慨するを余所に、(勿論彼女ごと)椅子から立ち上がったクリフォードはスタスタと歩いていってしまう。
素直じゃねぇの、バッドがぼそりと呟いた。
「追いかけた方がいいんじゃないか?」
「言われなくても!」
ぱしぱしとドレスの皺を直して、もクリフォードの後に続く。
慣れないヒールで人混みを掻き分けてクリフォードの背中に追いつく頃には、すっかりカジノのロビーにまで出てしまっていた。
指先が、ジャケットの裾を掴む。
たし、振り返らないままに、クリフォードはの額を鷲掴みにした。
「痛い!」
「そいつは結構」
平坦な言葉が、そのままクリフォードのテンションと重なって低いところを這う。
このわがままチワワクリフォードめ!心の中で叫んで、は額に被さる手を引き剥がした。
「あのですねクリフォードさん、何でドンがわざわざこのフレーム選んだかおわかり?」
弦に上品な五芒星。濃いめのブラウンの邪魔にならない程度にパウダーラメが幾千の星のように煌めく。
当人はきれいさっぱり覚えていないかもしれないが、あの嫌いな物ばかりのクリフォードが、珍しく好きだと言った色。
「…この星の王子様がっ!」
振り向かない背中にそう毒づいて、はぁ、何度目かの溜息をは吐く。
この暴れん坊から目を切ったのが、間違いだった。
「は!?ちょ…!わっ」
ぐん、強い力で追いやられたのは全室個室のサロンだ。
押し込めるように部屋に放り込まれて、どさり、長椅子の上に落とされる。
二人分の体重でもぴくりとも軋まないソファーに、背中が沈む。
「―……誰が何だって?」
「ぅわぁあ!囁くな!!」
のし掛かってきたクリフォードを押し退けるように、肩に手をかけて力を込める。
細身の割にびくともしない体躯がの行動範囲を着々と狭めた。ぎゃあ、今度こそ殺される!
お花畑一歩手前で十字をきりかけたの圧迫がふと消える。
足首に、爪の切りそろえられた指が伝った。
「――……‥シンデレラごっこ?」
「頭踏んでやろうか」
「王子さまが女王様に……」
「空気読め。それともそんなに左足を折られた「すみませんでした」
ぎろり、ソファーに座るの足元にしゃがんでいる以上は上目遣いになるクリフォードの、より鋭い三白眼に本気を感じて黙りこくる。
かちり、示し合わせたようにぴったりと足を包むパンプスは、先程までの履いていたものとは違っていた。
シルエットをなぞるように俯いた頭に、今度は柔らかな布がぞんざいに被せられる。
「わぷっ」
「一分だけ待ってやる。着替えろ」
シャンパンゴールドの布越しにクリフォードが呟く。
視界の確保をがする頃には、に背を向けた形でクリフォードはドアを見据えていた。
ぽかんと呆けるに、クリフォードが言いつける。
「あと35秒」
「は…?」
「それ以上は待たねえ。さっさとしねぇと脱がす」
「っそれは勘弁!」
何を言い出すかとが気合で早着替えを行使して、何とかファスナーを上げたところでクリフォードが振り向いた(ほんとにきっかり35秒で振り向きやがった!)
てっぺんから爪先まで、一瞥をして沈黙。
嫌に気まずいから何か喋ってほしいんだけどという思いが通じたか否か、“帰るぞ”クリフォードが言った。
どこからともなく取り出した紙袋(多分服と靴の入っていたものだろう)に、が五分前まで着ていたドレスとハイヒールをぞんざいに投げ入れてドアを開ける。
慌ててその背中に続いた時、今までよりうんと歩きやすくなった足元に、は気付いた。
再び、クリフォードのジャケットの裾をつかむ。
「…なんで?」
「自分の女が他人からの贈り物で全身固めてんのを見て楽しい男が居るとでも思ってんのか」
「…なんでドンとの仲を疑うかな」
「胸くそ悪い」
吐き捨てるようにそう呟いて舌打ちが語尾を縁取る。
確かにドンはがアメフトに携わる最大の理由だが、それだけだ。純粋に、彼には勝ってほしいだけ。
「相当バカ、一回くたばれ」
…そこまで言われると逆にもう腹が立たないです。
「………ルイス」
思いつきでファーストネームを呼べば、また、フンと鼻で笑われた。
同時に掌を攫われたのだけれども。
美しいひとは振り返らない
(耳が赤いのは言わないべきです。)
++あとがき+++
河南さま25000hitありがとうございます!
無駄に長くてすみませんm(_ _)m
たくさんの方からリクエスト頂いていた為初王子にはしゃぎ過ぎてしまいました…っ
317thは王子だらけでしたので自然と妄想広がりすぎてしまって(自重しろ)
ワイフとドンにジェラッてる(※嫉妬している)王子さまのツンデレっぷりが発揮されてたらいいな!←…
きっと王子→→←夢主そんな方程式ですよ奥さん(誰が)
尻切れトンボで申し訳ありません…
凄まじい妄想にお付き合い頂きありがとうございました!
お気に召していただければ幸いです。
タイトル*ララドールさまより
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