【さくらのきのしたで】
鈴蘭男子高校、通称“カラスの学校”
荒くれ者が多く、学校近隣に寄り付く一般人はほぼ皆無。
警官にまでも恐れられており、加えて今は一年戦争の真っ只中で近づくのは自殺行為。
・・・そんな危険地帯鈴蘭高校の落書きだらけの外壁に悠長にもたれかかっている人物が見えるのは
自分だけだろうか、と思わずサングラスを外したのは秀吉だった。
黒咲工業の制服、
割に高い背丈、
・・・加えて明るい茶色の長い髪
「またアイツは性凝りもなく・・・・」
米崎の唸るような声が“彼女”が誰かを指し示す。
決定的だ。
「あら、奇遇ですね」
目の前にたたずむ怖い者知らずは、よく知る少女―月本 だった。
「“奇遇ですね”じゃねぇだろうが!!何してんだ、んなトコで」
「え?あぁ桜がキレイだったからお花見です」
“満開ですよ”とのんきに桜を愛でているに、五人全員が溜め息を吐いた。
多分今五人が五人とも同じことを思ったに違いない。
仮にも男子校の前で、
よりによって鈴蘭の前で、花見をする事はないだろうにコイツに危機感というものがないのだろうか、と。
「・・・此処が何処だか判ってんのか?」
「天下の鈴蘭男子高等学校のド真ん前です」
「分かってんなら何でんなトコで花見するんだよ・・・」
「通りすがりに見えたのがキレイだったもんですから、つい」
「ついじゃねぇよ。鈴蘭のまわりを平然と通りすがんな」
「ふふ、その言い方ノブ兄みたいですね」
マサと軍司が二人がかりで身の危険性をほのめかすも効果なし。
絡まれ体質でそのうえ月光兄弟長女、五代目武装戦線の頭・武田の恋人という肩書きまである癖に
一体この余裕は何処から来るのか。
「お前はただでさえ目立つナリしてんだから一人でフラフラしてんなっつの」
業を煮やしたゼットンがの頭を鷲掴んで押さえ込んだ。
いくらの背が高いと言えど相手がゼットンではさすがにかなわない。
「あいたたたた背が縮む」
「そんだけありゃ十分だろが。まだ伸ばす気か」
「そうですねぇ・・・あと5センチぐらいは」
「さすがにもう無理だろ」
「まだ伸びてますよ?」
「マジかよ!?」
「・・・なぁ、お前らわざと話逸らそうとしてんのか?」
放っておけば何処までもそれていきそうなゼットンとに米崎が歯止めをかけた。
米崎は今やこの二人の立派な『保護者』だ。
「ったく、花見ぐらい連れてってやっから此処で和むな。もうちょっと危機感ってもんを持て」
「だいたい何でこうも鈴蘭に来るかなお前は」
「あはは。好きなんですよ、人の集まるトコロ。だから・・・」
はそこまで言うと、つと視線をそらす。
その目線の先にあったのは―どこか冷ややかな目をした男。
「こんなふうに色んな事巻き起こしちゃうんですけどねー・・・・」
「御挨拶だな、」
「これは失敬?ゴブサタシテオリマス。出来れば会いたくなかったけど」
「・・・知り合いか?」
「天地 寿、加持屋中で一緒だったんです。あるイミ“切っても切れない”仲ですね、良いか悪いかは別にして」
が天地の前に歩みよる。
「どーもお久しブリ」
「黒工の制服か、相変わらず“仲良しこよし”みたいだな」
「えぇそれはもう。大事な二人だからねぇ・・・」
さっきまでののんびりとした雰囲気とは打って変わっての顔には笑顔がない。
口調もひょうきんではあるが、かえってそれが不自然さに拍車を掛けている。
だが当の天地にさして気にしている様子はなく、むしろその様子を楽しむようにと言葉を交わしていた。
「クッ・・・嫌われたもんだな」
「自分の胸に手当てて聞いてみなさい?心当たりあるでしょうが」
「心当たり、ねぇ・・・まだ根に持ってんのか?」
「天地、あたしを小馬鹿にするぐらいなら多めに見てあげる。でもあたしの大事な人に手ェ出したら泣かすわよ?」
「自分はなにがあっても構わない?尊い我が身を犠牲にして随分寛大な心をお持ちだこった。キレイゴト将五そっくりだな」
「・・・・・喧嘩売ってんの?」
「だったらどうする?」
言い終わるや否や天地がの胸倉を掴んで容赦なく引き寄せた。
「っ!!」
「相変わらずいい根性だ」
「アンタに褒められても嬉しくないむしろ不愉快。さっさと離して」
「・・・離すと思うか?」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべてぐ、と一層力をこめる。
が動くよりも早く天地の腕をがしりと掴んでから引き離した手があった。
「つべこべ言ってねぇでさっさと離せ。さっきから黙って聞いてりゃ何様のつもりだお前」
「!!小林さん」
「お前はこっちに来い。不必要にそいつに近寄るな」
「ホレ、大人しくしてろ」
今度は呆れた声とともに襟首を後ろに引かれた―軍司とゼットンだ。
天地との間に立ちはだかるように秀吉と米崎が割って入る。
「随分女の扱いがなってねぇガキンチョだな・・・・」
「にちょっかいかけるのはやめてもらおうか」
「やれやれ、しばらく見ねえ間にまた“大事な”お知り合いが増えたみたいだな」
「なんなら相手してやろうか?」
「そこまでいきり立たなくても、別に今すぐソイツをどうこうしようってワケじゃねーですよ、“先輩”」
「“今すぐ”だ?ならいずれはどうこうするつもりか」
「さぁ?否定はしませんがね。ただ、に辿り着くまでに随分面倒な手続きがいるのはよーく分かりましたよ」
「賢明な判断だ。とっとと失せろ」
「言われなくても」
天地は面倒くさそうに肩をすくめると、あっさり踵を返した。
* * *
完全に天地に声が届かなくなってからが長々しい溜息を吐く。
「っは〜・・・・なんかスイマセン、色々と」
「なんでが謝るんだよ。」
「いや、なんか・・・やっぱスイマセン。どうも天地と居ると調子が狂って・・・」
「珍しく愛想のないが見れたな」
「お、お見苦しいものを・・・」
はどこかバツが悪そうな顔をしながら乾いた笑みを浮かべた。
“調子”は戻ったらしい。
「なんだ、昔アイツとなんかあったのか?」
「まぁ・・・無きにしも非ずというか、何と言うか。気ニ入ラレテルミタイデスヨ」
「喜ばしくはない、と」
「・・・・・・苦手なんです。本人には口が裂けても言いたくないですど、
あの何でも知ってそうな得体の知れないとこが何とも言えず末恐ろしくて」
「まぁ、誰にだって苦手なモンの一つや二つあんだろうよ」
「あたしにとってのそれが選りによって天地なのがホント悔しいです」
不貞腐れたように逸らした顔に思いっ切り“不本意”と書いてある。
は別段負けず嫌いというわけではないが、天地に対してはよほど認めたくないらしい。
「ぁ〜もう・・・今度から鈴蘭に来る時に面倒事がひとつ出来た」
「元々ひとつどこの騒ぎじゃねぇだろうがよ・・・・」
「っつーかあくまで“鈴蘭に来ない”って気はねぇかコノヤロウ」
「あはは、申し訳ないですけど残念ながら」
「はぁ〜・・・なら今度から鈴蘭に来る時は一番に連絡入れろ。そしたら遊んでやるよ」
「・・いいんですか?」
「今日みたいに絡まれてねぇかいちいち心配するよりはなんぼかマシだからな・・・・てどうした?」
不意に俯いたに米崎が怪訝な声を出す。
対するの顔は、赤い。
「?」
「ゃ、その・・・普通に嬉しくて」
「そりゃ光栄だな」
言葉に違わず嬉しげに、そして恥ずかしげに頬を染めてが笑う。
それにつられてフ、と笑みを浮かべながらマサが聞いた。
「で、今日はどこに行きたいんだ?」
『桜のキレイな所まで』
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