まだ数える程すら袖を通したことのないライダースを着て、
数える程すら会ったことのないと並んで歩く。
「・・・なんか嬉しいね、藤代くんがそれ着てるの」
しみじみと呟かれた言葉が面映ゆかった。
【並んで歩いて】
「お兄ちゃん喜んでたよ?藤代くんが武装入ったって聞いて」
「ずいぶん先延ばしにしてたからな・・・やっと腹決まったよ」
「そっか、似合ってる」
「サンキュ」
にっと拓海に笑いかけてくる彼女が着ているのはブレザー、もっと言えば
ほんの少し前まで毎日のように目の当たりにしていた制服である。
「でも最近また色々と騒がしいみたいだね。
あんまりおっかないことに巻き込まれたりしないといいけど」
「・・・その気遣いそっくりそのまま返すよ。痕まだ残ってるだろ」
「バレた?」
黒咲が竜胆の傘下に入ったのはそんなに昔の話ではない。
鈴蘭、鳳仙、武装の三つを潰すための天地の計画。
しかしそれはあくまで男同士の抗争で、ましてや工業高校の女子とは無関係、であるはずだった。
黒咲工業高等学校 普通科全日制 2年B組32席
これがの、いや“柳 ”の肩書きである。
その名の通りは五代目武装の副頭、このライダースを拓海に譲った柳の妹だ。
もっとも、兄妹だと知ったのはつい最近で
改めて思えば妙なハナシだが、黒咲にいた頃 とまともに言葉に交わした記憶はほとんどない。
その程度の面識でも顔を憶えていたのは、訳があった。
は普通の生徒に比べて壇上にいる事が格段多い。―黒咲の、生徒会長として
もともと知名度が低い黒咲の生徒会はここ数年男が入ったことがない、というか入るような人間がまずいない。
たいてい押しに弱い女子が教師に押し切られての着任で、かく言うもそのひとりだ。
「あたしをダシにしようとしてる感がバッシバシだよね。“生徒会長”いじめて黒咲誘発、結果は見事に大金星。
で、次は“五代目副頭の妹”いじめてあわよくば武装に対する挑戦状?みたいな」
“ご苦労さまだよ”と事もなげにが言う。
当たってほしくない未来予想図だ。
「お兄ちゃんの目を欺くのにどれだけ苦心したことか」
「結局なんて言ったんだ?」
「“工業高校の女子の繰り広げる熾烈な男の取り合いに仲裁役として投げ込まれた”って」
「・・・無駄にリアルな」
「信憑性があってかつお兄ちゃんが追求しにくい話題にしてみました」
「結果は?」
「上々、心なしか顔引きつってた」
「それが普通だと思うよ・・・でもな柳、笑い事じゃないぞ」
「わかってる。これだって藤代くんが通りかかってくれたから大したことなかったんだしね。
今も送ってもらっちゃってるし」
そう言って苦笑いを落とすの頬はまだ赤い。
化粧で意図して隠してあるもののうっすらわかるそれは殴られた痕だ。
―誰にかは、言うまでもないだろう。
「でもまさかあたしを会長として憶えてる男の子がいるとは思わなかったな〜。
・・・あの学校の大半の子って絶対“生徒会”の存在知らないと思うんだよね」
「当たらずとも遠からず、だな。俺にしてみたら柳が俺の名前知ってたのも十分意外だったけど」
「あたしは友達にもお兄ちゃんからも聞いてたし」
「・・・友達に“も”?」
「あらら無自覚です?」
“それはそれで藤代くんらしいけど”とがふきだす。
なかなかにツボだったのか後引く笑いだったようで。
そこまで面白そうに笑われると居心地が悪い。
「竜胆からの襲撃より黒咲の女の子からの闇討ちに気を付けた方がいいかも」
「・・・どういう意味だ?」
「ん?そのまんまの意味だよ?あたしみたいなのが藤代くんといたらヤキ入れられちゃいますから」
「また大袈裟な・・・」
「ほらやっぱり無自覚だー、っと」
柳の表札、絡まれる事なく家に着けた。
「送ってくれてありがとね」
「あぁ、明日も六時半でよかったか?」
「うん、お願いします」
相変わらず律儀に毎日は言う。その返事に今日は少しばかり意趣返し。
「またな“”」
「・・・それも無意識?」
「“無自覚です?”」
今度は拓海がそう混ぜっ返して、今来た道を引き返す。
その背中にの楽しそうな声。
「出来たら明日からそっち呼んで、“拓海”くん」
「・・・覚えてたらな」
「うーわー」
鈍感同士の帰り道。その実案外口実だらけ。
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