ラオール 疾患により戦線から離脱のち死亡
エレナ イノセンス保護任務中Lv.3による襲撃、死亡
書類に記された、二人のエクソシストの末路
たかだか二文字のタイプされた名詞には底知り得ぬ重みが在った。
【BEAUTIFUL】−7−
「やぁマリアンひさぶりーん☆第3資料室籠もってどうしたんだい?」
相も変わらずおちゃらけた声がドアの開音とともに部屋にすべりこむ。
その後ろにつづくようにして入ってきた2人の元帥の言葉をある意味代用したティエドールの台詞にクロスは遠慮なく眉根を寄せた。
「・・・ティエドール」
「本部にくるなんて珍しいじゃないか。研究棟の中で大暴れしたって聞いていたんだよ?」
「たかだか扉ひとつと壁にヒビがはいったぐらいで大げさもいいところだ」
「壁に40フィートも亀裂を作ったら大暴れではないのか・・・?」(注:40フィート=約4メートル)
「わざわざ計ったのか?クラウド」
「私とてそこまで暇ではない・・・」
「だろうな冗談だ」
気だるげにそう言ってバサリと書類を机に放り投げる。
クロスの斜向かいに腰を落ち着けたイエーガーの節くれだった手が薄い紙束を取った。
「四年前の死亡録・・・こんなものを調べて何をしていたんだ?」
「ちょっとした不毛な確認だ。さしたる意味はない・・・が、関係はある。俺が今回教団に来てわざわざ元帥に召集をかけた理由にな」
常日頃は飄々と食えない態度をかます大胆不敵な元帥の、いつになく真剣な様子で部屋の空気がかすかに張り詰める。
ギシと椅子の立てる音がやけに大きく響いた。
「聴こう」
「・・・ちょうど10日前。郊外で子供を保護した、名前は・。
教団の一部の馬鹿共に複数のイノセンスを埋め込まれなお生きる“神の愛で子”だ」
「なんだって?適合者はひとつのイノセンスにつき一人だろう?」
またしてもティエドールが彼らの意志を言葉として発す。
「信じられんのはわかる。だが事実だ、続けるぞ・・・の実験が成功したのが四年前、当時まだ五歳。
預けられていたアイルランドの伯父夫婦へ両親の訃報ふほうを伝えに行った足で探索員に引き取られ入団したらしい。
養父母にあたるラオール方の兄夫婦は3年前に流行り病で死亡。
この時点では天涯孤独てんがいこどく、教団の体のいい生け贄の出来上がりだ」
「なんたること・・・」
クラウドの嘆息、ついでイエーガーが溜め息をつきティエドールはレンズの奥の目を伏せた。
「ご丁寧に記録してあった実験結果によれば血筋にエクソシストが居ようが結果は一例をのぞく全てが失敗。
シンクロ率0の人間とイノセンスの適合は不可能、それどころか、“咎落ち”」
「!咎落ちだと」
わずかに身を乗り出したイエーガーをティエドールとクラウドが見やる。
元帥のなかでも最年長の彼が、こんなふうにさざめくのは滅多とないことなのだ。
それ程に咎落ちは酷むごく、そしてそう簡単には明るみに出ない密事。
現にティエドールとクラウド、そしてこの場にいないソカロも知り得ないことだった。
「マリアン、イエーガー。咎落ちとは一体・・・」
「シンクロ率0以下の人間とイノセンスの無理なシンクロによって引き起こされるイノセンスの暴走現象の事だ。
人体はイノセンスに取り込まれ」
「およそ24時間後、破壊される。被験体はを含め38名、すべてエクソシストの両親おやを持つ13歳以下の子供だ」
「そんな・・・咎落を、それを承知で、実験を繰り返していたというのか・・・!!」
うなだれ憤るクラウドの拳が引き締められて震える。
愛猿が主人を気遣うように肩で鳴いた。
「ただ一人咎落ちを逃れた例外。それがだ」
「・・・そんなことは可能なのかな?」
「知らん。だが現には咎落ちにはならず、今も生きている・・・いや、生かされている」
「何に、生かされている・・・」
「千年伯爵の呪いにだ」
「呪い・・・!?」
「あぁ、不死のな。の身体に深く根付き巣食ったイノセンスは宿主が死ねばその命を犠牲にして代わりに永劫生き続ける・・・
それに気付いた伯爵が阻止も兼ねて呪いをかけた、というのが一番妥当だ」
「・・・阻止“も”?」
「人間で遊ぶのは伯爵の十八番だろう?
あの子は悲劇に見舞われて、その上呪いを受けた。格好だ」
極め付けの事実、だが本題はまだ終わっていない。
「・・・まだ、には何も告げてはいない。今は然るべき場所に保護を頼んだ」
「だが、いずれ・・・」
「・・・あぁ」
―『いずれ、神の使徒として』
本来エクソシストは選ばれるものだ。
なりたくて、なれる者では無い。
なりたく無くても、ならなければならない者でもある。
けれどは、この世で唯一創られたエクソシストは―
全てを、知り得た時の心は計り知れない。
受けとめ、られるのか。
――いや、
受けとめられるように導く手が要る。
だからクロスは3人を集めた。
「この件の上への報告はもう済んだ。実験は当然廃止、研究員は俺がおいおい処分する。後はの師を決めるのみだ」
「君が見るんじゃないのかい?ソカロが来てないのもまさかその為?」
さも意外そうにティエドールが目を丸くする。
純粋にぶつけられた疑問の意味を計りかねたクロスは呆れ顔だ。
「・・・俺やソカロが適任だとでも思うなら科学班へ行って頭を調べてもらえティエドール今すぐに」
「確かにソカロはお薦めできな・・・いやいやいや
そういう意味でいったんじゃないんだけれど・・・まぁいいか。君がそう言うのにも考えがあるんだろう」
「・・・私が見よう」
つ、とイエーガーが声を落とす。
「ちょうど年の頃が近い弟子が一人いる。心の垣根の低い善い子供だ。あの子とならきっとうまくやれるだろう」
「ならイエーガー、頼んだぞ。迎えにはすぐ発つ。俺が戻るまでに手筈てはずを整えておいてくれ」
「あぁ」
“手”は決まった。
幸せに暮らせるようにとは言えないけれど、少しでも心安らげるようにと
ガラにもなく、心から。
* * *
マザーの元へと来てから五日、の部屋の窓辺には紅いバラが一輪。
じんわりと差し込む茜日に似た色の花びらは三日前と変わらず容かんばせを保っていた。
クロスに拾われてからもうすぐ二週間が経つ。
相変わらず目も耳も時折見聞きできなくはなるものの、それにも慣れてきた。
少しずつ算術を習ったり、庭の手入れやごくささやかではあるが家事を手伝ったりと一日がとても穏やかに過ぎていく。
こうしてふと空く時間にはたいてい花を眺めていた。
何をするでもない、けれど落ち着ける流れのなかに一陣の風か吹く。
開け放した窓から入ってきたひやりとした風に日の入りが近いことを告げられて、は窓を閉めようと把手とってに手を掛けた。
その時
「――――――」
耳からではなく頭に直接響く 音
それは遠くに近くにを呼ぶ。
一時の逡巡
無意識のうちに、は花瓶からバラを引き抜いていた。
「ごきげんヨウ♥」
とは真反対にある、ドアに人影が佇ずむ。
シルクハットにとがった耳
丸ぶちの眼鏡
つくりものの様な、外見に赤いイレズミが騒ぐ。
たった今までいなかったあの、人は
「千年、伯爵・・・?」
「お久しぶリ、♥」
ニコリと機嫌よさそうな笑顔が余計との心を煽る。
ざわざわとささめきあっていた木々が示し合わせたように静まり返った。
日が、暮れる。
ほの暗くなった部屋に縫い止められたように動かないに構わず、伯爵は言葉を投げ掛けた。
「お加減はどうですカ?アレからもう半年経つんですよねェ、早いものでス。
まさかアナタがクロス・マリアンに拾われるとハ。
これぞ事実は小説より奇なるもの、ってヤツですよネ♥」
ちらりと眼鏡の奥の眼がを見やる。
蛇のような、目。
「今日はね、アナタに会わせたい人が居るんですヨ。」
“ホラ、そこに”とおもむろに伯爵が窓の外を指し示す。
ぎこちなく振り返った先には、
「メイヤーさん・・・?」
バーバがよく苗木を買い付けている人だ。
庭先に配達をしにきた彼と、2〜3回会ったことがある。
普段はは好々爺こうこうやとした細面ほそおもてに違わぬ優しい性格でにもよく話し掛けてくれるのだが、今日は何処かが 違う。
目に、覇気がない。
「メ、」
窓から身を乗り出してメイヤーの名前を呼ぶ、つもりだった。
けれど
「ウ・・・ウウ」
ブルブルとメイヤーの体が揺らぐ。
目は落ち窪んで焦点があっていない。
額には逆さまの五芒星が浮き上がり、頬には不透明な涙が伝う。
それは二つともの体にあるイレズミと同じ、赤い色だった。
メイヤーの形が変わる。
見たこともない光景。
人の、形をしていない。
「どうですか?♥初めて見たアクマは」
呆然と窓に寄り掛かったまま微動だにしないを見て伯爵が嗤う、うれしそうに。
「なにを、したの・・・?」
「ご奉仕ですヨ。彼つい最近お孫さんを亡くしたソウで」
そういう伯爵に、バーバとマザーの言葉が思い出される。
―流行り病でだったそうスよ。ほんとに急でドクターに診せる暇もなかった、って
―そうかい・・・お気の毒にねぇ。あそこの子だってと同い年だったろうに
―また、お悔やみに行かなくちゃな。
そう言ってバーバはの頭をなでた。
あの時にはもう、“こう”だったのだろうか。
「とても悲しんでらしたカラ。逢わせてあげたんでス、アクマにして♥」
「アクマ・・・?」
「人の心が招いた罪の証。そこのメイヤーさんも罪を犯しました。結果生まれたのが、このアクマ。こうなる事を彼が望んだんですヨ♥」
「そんな・・・メイヤーさん」
必死に腕をのばして、変わり果てた姿のなかに“メイヤー”を探す。
触れた。
その瞬間
「ギャアアアアア!!!」
「!?」
断末魔の叫び声、それまで形を成していた体がバラバラと崩れる。
の触れた所から広がるようにして。
「なっ・・・待って!」
張り上げたの声が形を成してメイヤーを貫く。
それが極め付けとなった。
完全に瓦礫がれきと化したメイヤーを見た伯爵がさして残念がらずに呟く。
「ぁーあ、カワイソウに」
コツリ、コツリと足音が近づく。
の隣、まるで肩を並べるようにして伯爵が立つ。
「どうですカ?今の気分」
たった一言、その裏に隠された意味がまるで水面に投げられた石のようにの心の波紋を呼ぶ。
今、は メイヤーを“消した”
「これがアナタの持つチカラでス。穢れた神から授かったおぞましい能力・・・♥」
決して大きくない声が頭をガンガンと殴る。
「アナタの手は、声は、もう人を壊すしかできません。
もう誰も、アナタに近寄らなイ♥アナタは一生ヒトリ・・・寂しいですよねェ」
次から次へと投じられる石はどんどんとにのしかかる。
へたりこんだの頭を伯爵が撫でた。
諦めろと、諭すように
「逃げられませんよ、。アナタはメイヤー氏とお孫さんを引き裂いタ。
折角会えた二人はもう二度と・・・・!」
バリン、と耳触りの悪い音が伯爵の声を遮る。
投げ付けられたのは、ランプ。投げたのは
「黙れ着膨れ」
「・・・着膨れじゃありまセン」
―紅い髪のエクソシストだった。
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