一週間町の診療所で過ごしたのち、クロスはパトロンの一人であるマザーの元に療養を兼ねてを預けた。
「そうかい・・・・そんな事があったなんてねぇ」
「イノセンスもまだ不安定でコントロールが効かない。しばらくはを休ませてやってくれ」
「あたしは全然構わないよ。マリアン神父はどうするんだい?」
「・・・・あの強欲共のことだ、まだ実験を続けてるだろう。
そいつらを上に突き出してくる。万が一教団の奴らがを捜しに来たら
二、三回どついて川にでも捨てておいてくれ。俺が許す」
「任しときな」
に、と不敵に笑うマザーに見送られて教会は後に
目指すは、教団本部
【BEAUTIFUL】−6−
馬鹿正直に門から入れば確実にアレスティーナ(注:門番)が騒ぎ立てることを考慮した上で
クロスは半ば忍び込むように教団に足を踏み入れた。
の言葉からすれば実験はヘブラスカの元で行なわれている、ならば向かう先はひとつだ。
クロスはひっそりとした廊下を歩きながらまだ幼い少女に思いを馳せた。
半年の間、陽も当たらぬ森で独り過ごした日々はの心を憂うれいさせた。
子供には似付かわしくない伏し目がちな顔には所在なげなはかなさすら見えていて
それを隠そうと振る舞うのがまた不憫ふびんだ。
できるのなら普通の人生を歩ませてやりたい。
だが、
(・・・無理、だろうな)
神の愛めで子としてイノセンスを宿し、千年伯爵の呪いをその身に受けているを元の世界に戻すことはできない。
いずれも神の使徒として戦わなければならないのは変わりようのない事実だ。
―ならばせめて慈しみ育てられる師を、見つけてやらなければ
「・・・だ見つ・・・・・・な・・・の・・・」
「せ・・・例はあの・・けだと・・・・・・に」
と、かすかに話し声がひそ聞こえる。
(・・・・・・ここか)
クロスはドアに寄り添うようにして様子をうかがった。
声からして中にいるのは四人、それとヘブラスカだろう。
研究員達はどこか焦っているような声色だ。
「なぜ成功しないんだ・・・条件は同じじゃないか!」
「あれ以来全て咎落とがおちばかりだ・・・」
「っあの子供はまだ見つからないのか!?一体いくつのイノセンスを注ぎ込んだと」
「・・・・・・唯一の成功例が使えなければ意味がない」
一体何人の犠牲がでたのか、クロスにはわからない。
だが、これだけは言える。
研究員は一様に頭を抱えているが、まるで自分達のしたことを
悔いてなど、いない。
「“使えなければ意味がない”だと・・・?」
ジン、と耳の奥で血が巡る。
愛めで呪いを背負わされた顔が頭を過よぎる。
―バキィッ
遣る瀬ない憤いきどおりと怒りをこめてクロスはドアを蹴破けやぶった。
キィィ・・・と辛かろうじて残った止め具が悲惨な音を立てる。
赤毛の元帥の帰還に、その場の研究員が凍り付いた。
「ク、クロス元帥!?」
「どうやらお前達はを御所望ごしょもうのようだな」
「何故その名前を・・・・!居場所を知っているんですか!?」
「今何処にっ・・・あの子供は貴重な適合者なんです」
畳み掛けるように研究員が口々に言う。
それが耳障りで仕方なかった。
「ほぉ?ここまでしでかしといてまだ寝言をほざくか、この愚鈍共が・・・・・・俺を、怒らせたな」
クロスの隠されていない左目が牙を剥く。
「ヒッ」
ただならぬ怒気をようやく感じ取った研究員のひとりが引きつった声をあげその場から逃げようとした。
しかし、やすやすとそれを見逃す彼ではない。
―ダァンッ
空気を震わすような音が轟とどろく。
壁に叩きつけられた拳からまっすぐ亀裂が走った。
「・・・・全員一歩たりともその場を動くな。さもないと、殺す」
その場にいる顔を見渡すようにクロスの険しい一蔑いちべつが動く。
「お前らを待ってるのは檻よりも苛酷。この俺が直々に手を下してやるんだ。
楽しみにしておけ・・・・産まれてきたこと後悔させてやる」
激情の目が怒りとともに眇すがめられる。
いびつに裂けた爪痕つめあとから、パラパラと壁土が落ちた。
* * *
「すごい」
ふわり、と色とりどりの花々が薫る。
鮮やかに咲き誇るその姿はとても綺麗だ。
四年前から始まった教団での限られた生活に花を生けるような習慣はなかった。
加えて半年の間森のなかにいたとは言え見てきたのは鬱蒼うっそう
のしかかるように立ちこめていた木々ばかりだったにとって
同じように土から生え、水で育つ植物であるのにまるで違う花は物珍しくもあったのだ。
手入れの行き届いている庭の所々で足を止めるの後をティムキャンピーがついてまわる。
まだ本調子ではなかったが、だいぶと元気になった様子で庭をまわる姿をみてマザーの目も自然と眇められていた。
「!こっちこっち」
優しげな顔立ちをした彼―バーバがを呼ぶ。
手招きをする先にあるのはひときわ立派なバラが立ち並ぶ花壇だ。
「わ、ぁ・・・いっぱい」
「今年はちょっと早咲きなんだ。なんかが此処にくるのに合わせたみたいだよな」
白にうっすら桃色がかった大振りな花が立ち並ぶそこは、他より一段と賑々にぎにぎしい。
そのなかで、一輪だけ、深紅の花が入り混じっていた。
「神父さまの色だ」
「うん」
紅くれないの華に目を止めたを見たバーバがニカッと晴れやかに笑って言う。
かすかに揺らいだ顔を見つけたマザーは
とさして変わらない背丈をものともせずに色の変わってしまった髪を撫でた。
「。マリアン神父なら大丈夫さ、心配しないでいいんだよ。すぐに戻ってくるから」
そういって、クロスの化身のようなバラをそっと手折って差し出す。
の受け取った花に、刺はなかった。
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