※　【リハーサル無しの冬本番！】の直前談ですのでお先にこちらをお読みください。

「」
「は、―いっ！？え？わっ」

ちょいちょい、と指を曲げておいでおいでとジェスチャーで示す。
何か付いてるだろうかと低めの車体に近寄るようにかがむと窓枠を越えた本庄の手のひらが、ネクタイを引っ掛けて引き寄せた。
結び目がほどかないように。つまりは窓に身を乗り入れるような形で、は本庄に寄りかかる。
うっすら、影が差す。サングラス越しに見た、本庄の目は楽しそうだ。（と言うか、え、え、近　い！）

「んっ！」

乱暴ではないが力強い手に、引き寄せられるままに不意打ちのキス。
ネクタイを捕まえる方とは反対の、空いた手は優しくの頬を輪郭に沿って撫でた。
顔が、あつい。

だってまだ朝早いから誰もいないとは言え今居るのはまごうことなく学校の駐車場で、つまりはいつ朝練に出る生徒が通りかかってもおかしくないわけで、というか（百歩譲って）チームメイトならまだしもなんの繋がりもない生徒に見られたらやんごとない噂が立つのではとか、よもや先生とか監督とかに見つかったらこれはもう結構凄まじい事になるんじゃないだろうかとか、ああああこれ蛭魔くんの噂の脅迫手帳に監修されたらどうしよう私多分帝黒のこと洗いざらいなんでも喋っちゃうとか、とにかく、とにかくあの、詰まるところ、何があったんですか本庄さん

そんなふうにぐるぐるとフル稼働でがパニックを起こしている間にも本庄は涼しい顔での唇を食む。
位置的な問題で見下ろす形になったに寄り添うように、ひたりと重なる柔らかな感触。
長い。こんな事あんまり比べたくないし考えたくないけどいつもより段違いに長い。し、な、なんだか濃ゆいんですが！（ああもうだめだ、穴があったら入りたい・・・）

「ぅ、あ・・・ぁ」

があられもない声を上げる頃（もう無理ですほんとに無理ですへたれでごめんなさい恥ずかしい！！）、ようやく気が済んだのか本庄がそっと腕を緩めた（ネクタイを掴んだほうも、頬を伝っていたほうも）。
くすり、と本庄が微笑んで揺れた吐息がの鼻先をくすぐる。
もうそろそろ色んな意味の限界に達しそうだ。（なにがってが）

「ん、いってらっしゃい」
「は・・・」
「悪い虫には、気をつけてな」
「〜〜〜〜っっ！」

ちゅ、と軽やかなリップ音を立てて左の頬にトドメの一撃。
最後にもう一度名残惜しむように唇を指でなぞる。
悪戯の成功した子どものようなしてやったり感満載の、けれどそれ以上に艶やかな本庄の顔が満足げに笑む。
なんだろうこれ、なんの辱めだろうか。
百年に一度の試練を突きつけられた上に千尋の谷に突き落とされた気分。
一番厄介なのはそんなことすらひっくるめて、が本庄に首ったけだという事だ！（逆も然り）
事に及んだ理由とか聞きたいことは海より深く山より高くあったけれど、これ以上の深追いは心臓が保たないのでコンマ数秒で却下。（神速のインパルスと拮抗するほどの、素晴らしい逃げ腰）
そう判断したはさっきまでの余韻を打ち消さんばかりに声を張り上げて足早にロッカールームの方へとつま先を向ける。（くつくつと笑う本庄の視線を背中に受け止めながら）

「い、いってきます！！」
「おう」

剪定された植え込みを通り過ぎて、本庄の車が見えなくなったところでの気力は尽き果てた。

「―――……‥っ」

その場にしゃがみ込んで頭を抱える。
間なくしてタイヤがロータリーを擦り、走り去る音がした。

「本庄、さん」

ぽそ、と小声でそう呟く。
声に出した途端に、広がる。切ない。
（だって、あんな、あんなのずるい）（それでなくても、苦しいぐらい、なのに）
抱えた膝に頭を傾けて、ああ、と溜め息を吐いた。