かつん、かつん、ショートブーツがコンクリートの床を打ち、色とりどりのカクテルが呼応するように水面を波立たせる。
ブルー、グリーン、ピンクにオレンジ、カラフルなかぐわしい香りを放つ蜜をたたえたグラスに写る自分の姿を見て、の頬骨の辺りが強張った。
自然と曲がりたがる癖を持つの背筋が緩みだそうとする前に、すすすす、黒猫のように足音もなく一つの影がに近寄る。
背中合わせに空いた食器を片付けて下がる際に、彼はの足を蹴飛ばした。
ひらり、黒の裾が揺れる。

“ボ サ っ と し て ん じ ゃ ね ぇ よ”

ぱくばくと口だけを動かして、彼はまた滑るように人の間をすり抜けてゆく。
その背中からどす黒いものが沸き立っている気がして、思わずは目を反らした。すぐに、それを後悔する。
中と外を遮蔽するガラスに大きく写ったのは自身の姿だ。

「………………はぁ」

いつもとは違ってワックスも何も付けずに下ろした髪の毛を一つにまとめ、銀色フレームの眼鏡、肩の辺りが膨らんだ丈の長い黒のワンピース、同じぐらい縦に長いエプロンは肩口の辺りが大きくフリルになっていて、正式な屋敷の給仕たちの着ているとは少しデザインが違っていた。
当たり前と言えば当たり前だ、蛭魔やはモーガンに仕える身ではない。
不本意すぎるコスチュームは、この場に居るためのカモフラージュ。

(なにが、悲しくて…またメイド服…)

記者会見に引き続き、モーガン邸への潜入でハウスメイドの服一式を押し付けられた時は流石に涙が出るかと思った。(実際、ちょっと泣いた)(にとっては触れられたくない箱の中にしまい込んだ記憶だというのに)
せめてもの救いはここが日本ではなく、そしてメイド服のスカート丈が長い目のデザインのものだということだった。(それでものサイズからしてみれば少しばかり短い)

高校アメフトワールドカップ開催にさしあたり情報収集という名目の元、蛭魔からの大抜擢を受け、まさに引きずるように渡米を余儀なくされて今に至る。
何故が選ばれたのかと言えば、ある程度融通がきき、ビザの手配が必要なく、そして突然の海外旅行に対応できるだけの身軽さを有しているからとの蛭魔直々のお達しだ。
確かに英語は昔近所のお姉さんが教えてくれたし(今ではアメリカに住んでいてメールと手紙のやりとりが主流)、以前海外に行った際のビザもある。
親元を離れて一人暮らしののほうが、何かと都合がいいのもわかる気はしないでもなかった。

けれど問題はやり方のほうだ。
わざわざが断れないように本庄に根回しをしてから事を運ぶものだから、タチが悪い。

『出来る限りのサポートは全部俺がするよ。やれるところまで頑張っておいで、

そう笑顔で送り出してくれた本庄の厚意を無駄にすることなどにはできないのだ。そう、絶対に。

「(・・・本庄さん)」

こんな事言いたくない。でも蛭魔が良いように本庄を利用しているのは、明らかというか…

がっくりとうなだれたを見てあからさまに良い笑顔を浮かべた蛭魔を思い出して、はまた背中を丸めかけた。
…厳しい刺すような眼差しに思いとどまりはしたが。

片手をあげた人たちに、飲み物を渡しながらぎこちなく笑みを浮かべていると、こっ、今度は踵を蹴られた。
一礼をして、蛭魔の背に続けば、ひたすらに目線は正面を向いたまま、蛭魔はぼそぼそと話す。

「クリフォードとパンサーが来た。張るぞ」
「え、あ、待っ、こ…心の準備が…っ」
「知るか。オラ、行け」
「お、鬼ーっ!」

腕に積み重ねた六段のタオル半分をに押し付けて、蛭魔が襟元の盗聴器を正した。
前を歩いていたはずの蛭魔はいつの間にかくるりとの背後に回ると、後ろからズンズンと背中を押してくる。(た、盾にするとかひどい!!)
刻々と狭まるアメリカ勢との距離に恐々としながら、ざばり、プールから上がったモーガンにすかさずタオルを差し出した。

事も無げにモーガンの手に取られたタオルに、心の中で安堵の息を吐き出す。(蛭魔は隠す気もないのでパンサーに即気付かれていたが)
本職の人々と遜色ない仕草で下がろうとした蛭魔に続いて足を踏み出したの左腕が、その場に留まる力に取られた。

「!?」
「…オイ」
「は、はいぃっ?」
「お前どっかで………」

長い指が二の腕の辺りをぐるりと取り巻いて、をその場に縫い止める。
じぃ、向こう側を透かして見るような眼差しが後ろめたい気持ちを掠りはしないだろうか、はひやひやとした気分で愛想笑いを浮かべた。

「く、クリフォード、メイドさんたちは忙しいからあんまり引き止めちゃだめっていうかなんていうか」

に負けないぐらい引きつった顔のパンサーがクリフォードの注意を引く。(蛭魔に対する恐怖的ななにかだろう、見え隠れしている冷や汗から恐らくの原因をは悟った。)
視線は逃れたものの、捕まれたままの腕にうろうろとしているに蛭魔が釘を刺しにかかる。

「(誤魔化せ取り繕え平静を装え騙し通せキョドるな)」
「(わ、わかってるってば!お念仏みたいに唱えないで呪われそうっ)」

ぎりぎりぎり、見えない絶妙の位置から足を踏みながら、蛭魔の淀みない声がを急かすものだから、余計と顔が強ばってしまう。あんまりだ!
すい、涼やかな目元を再びに向けたクリフォードは、今の所、記憶の引き出しを開け切れてはいないようだが、それにしても一体どこで会ったのだろうか。
心の中で首を傾げながら、精一杯のコミュニケーション能力をかき集めてスペルを繋ぎ合わせた。

「お、恐れながら私こちらにお仕えしてから日が浅いもので、お客様のお顔を存じ上げないのですが」
「…………」

「私」を「わたくし」と読ませるようなかしこまった言葉遣いにむずがゆいものを感じながらも判を押したように、そう告げる。
腑に落ちない顔のまま固まるクリフォードを見て、“一度追求し出すと中々割り切れない傾向有”蛭魔がこっそり呟いたのをははっきり聞いた。(こんな時にまで情報収集しなくたって!)

「おいおいなんだァ?こんなとこでナンパなんざ随分やるじゃねぇかチワワクリフォード!」

ある種の膠着状態に陥った四人を、モーガンの声が引き剥がす。
サングラスの奥の瞳は嬉々としてクリフォードを見やって、その眼差しにからかいの色を乗せた。
チッ、舌打ちと共にようやく指がはずれて、(とパンサー)は胸をなで下ろす。

「アンタと一緒にするんじゃねぇよ」
「カカカカ!まあ女に声かけんのはこの話が終わってからにしやがれ!」

モーガンとは対照的に不機嫌な声を出したクリフォードはまさに北風と太陽というか、なんというか。
しかしこの場合一方的に反発しているのはクリフォードだけらしく、モーガンはまた、愉快そうな笑い声を上げているのだった。

とにかく助かった、そう思ったの腕に飛び込んできたのは「20」の背番号が入ったユニフォーム。
ぎょっと目を見開いた時には遅かった。
偽装とは言え仮初めの主に、命じられてはいないものの、さも当たり前のように手渡された物を、突き返すわけにはいかない。
持っておけ、無言の要求に抗う事も出来ないまま、なんと始まってしまった会見に為す術もなく、立ち尽くすことしかには出来なかった。
だらだらと背中に冷や汗が伝う。
時間にしてみれば、ほんの数分、しかしにとっては永遠とも思えるモーガンの口上は、高らかにプールに響いたのだった。

「―このモーガンにそんな言葉はねえよ、パンサー」

しっかりと、カメラの撮影範囲で一時のユニフォームハンガーとして、が映っていたVTRが日本のニュースで流れ、それを見た何人もの選手やチアやマネージャーたちからはメールが来たり、電話が来たり。
その中で唯一取った鷹からの国際電話で、は本庄が局に直談判をしてVTRを差し止めにした事の顛末を聞いた。







(「て…っ、テレビ!テレビ来てたって知ってたのに何で言ってくれないの!!自分は人のことちゃっかり盾にして涼しい顔してるし!」
「ゴチャゴチャうるせーな…メイドとオッサンはオメーの得意分野だろうがこの糞親父フェチ」
「なっ・・!?ひ、蛭魔くんの馬鹿!!!」
「ほぉーう?テメェよっぽど年の離れた旦那さまとの赤裸々な日々を全世界に動画配信されてーらしいな・・・“帝黒学園朝練前、校内駐車場にて熱烈キ「いや―――――!!!!!」
「ケケケケ馬鹿が!ネタには困らねえんだよ。それが嫌なら馬車馬のようにキリキリ働け!」)


++あとがき+++
蛭魔の潜入捜査を見たときから温めていたネタ。
本庄さんに根回ししてから嫁を釣る。常に蛭魔と嫁はこんな感じです。脅迫ネタはもっぱら本庄さん絡み(爆)
多分クリフォさんからも後日からかわれるんだろうななんてネッ(´_ゝ`)←やめなよ
本庄さんはひばりお姉さんと一緒にニュースを見てたら→嫁がけしからん格好で映る→本庄さん驚く→驚きすぎて手にしてたマグカップを握り過ぎて叩き割る→ひばりお姉さん焦るっていう方程式が浮かびました^q^{本庄家にわかに大騒ぎ(オイ)
息子さん(笑)と大和は多分まだ新幹線に居ただろうからワンセグかな!ちなみに帝黒組は鷹・花梨を除き満場一致で大爆笑です。特にYAMATOさんとかYAMATOさんとか!
あんまりテンションの高い話にはならなかったけど、書きたかったネタなので、満足満足!
菱は嫁をいじるのが相当好きらしい^q^←ばか!
ちなみに最後の“帝黒学園朝練前、校内駐車場にて〜”の脅迫ネタは【見る限り誰もいない…と、なれば】の話です。えへ←
ネタに事欠かないそんな嫁(笑)

タイトル*ララドールさまより



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